もう一度、好きになってもいいですか?

 文化祭が終わってから、一週間。
 けれど、あの日の舞台の光景は、まだ鮮やかに胸に残っていた。

 演劇のクライマックス。
 悠翔君がアドリブを加え、心葉の名前を呼んで告白した
 瞬間。
 客席から響き渡る歓声と拍手。
 照明の下で、涙をにじませながら笑った心葉の顔。

 演技なんかじゃない、本物の気持ちだった。
 私は舞台袖で、その瞬間を見届けていた。

心葉が輝いているのを見て、胸の奥から込み上げるものを抑えられなくて。
終わった後に抱きしめながら、心から「よかったね」と言えた。
 ……でも、それは同時に、自分の中の空白をはっきり自覚させる出来事でもあった。

 心葉はいつも友達思いで、優しくて純粋で、とにかく
 可愛くて……
 だから「羨ましい」なんて感情は見せない。
 むしろ、悠翔君のような彼氏ができて当然だ。

でも、本当は少しだけ、置いていかれた気がした。

 ***

 その夜。
 ポニーテールをほどいて髪を乾かしながら、ぼんやり天井を見上げた。

 机の上には未完成の課題が広がっているけど、気持ちはちっとも乗らない。

 ふと、机の端に置かれた古いアルバムに目が留まった。
 中学の頃、友達と交換した写真をまとめたもの。

 その中に、ひときわ目を引く笑顔があった。
 ——鼓碧(つづみあおい)。

 小学校の入学式のときから、ずっと隣にいた幼馴染。
 碧は明るくて、いつもクラスの真ん中にいて、みんなを笑わせるムードメーカーだった。
 顔もかなり良くて、碧に告白する女の子は数知れず。
 だけど、頭は全然良くなくて、テスト前には必ず「美咲、助けてくれ〜!」と泣きついてきたっけ。

私の家で一緒に勉強して、途中で脱線して笑い転げるのがお決まりの流れだった。
夏祭りでは、人混みをかき分けながら「迷子になるなよ!」と手を引かれた。
金魚すくいで私が一匹も取れなかったとき、碧がすくった金魚を「はい、美咲の分」って押しつけるように渡してきて。

 あのとき胸が温かくなったのを、今も覚えている。

 運動会では二人三脚のペア。
 最初は息が合わなくて何度も転んだけど、最後には手を強く握りしめて走り抜けた。
ゴール直前でまた転んで、顔を泥だらけにして笑い合ったこと。
 笑いすぎて涙が出るほど楽しかった。

 そして、中学校の卒業式。
 別々の制服を着ることが決まっていたあの日、校門の前で碧は真顔で言った。
 「……離れても、俺のこと忘れるなよ」
 照れ隠しのように笑ったその顔を、私は今でも鮮明に思い出せる。
そのときは、あまり意味が分からなくて、ただただ頷くだけだった。
 中学までは当たり前に一緒だった日々が、高校に入ってからはなくなった。

自然と連絡も途絶え、碧はただの“思い入れのある人”
に変わっていった。
 ——はずだった。

 ***

 スマホを手に取り、何気なく画面を開いたそのとき。
 ふいに、インステのDMの通知が届いた。

 表示されたユーザーネームを見た瞬間、息が止まる。
 「aoiblue._.07 」
 碧のインステのユーザーネームだ。
 ……何年ぶりだろう。

 指先が震えながら、恐る恐るDMを開く。
 そこには、たった一行のメッセージがあった。

____

aoiblue._.07
 久しぶり。元気?
 突然だけど、美咲って、彼氏いるの?

 ̄ ̄

 心臓が跳ねる。
頭の中で、さっきまで広げていた思い出が一気によみがえる。

(なんで……今、そんなこと聞くの?)

 ただの世間話かもしれない。
 ただ、振られたことを揶揄うつもりかもしれない。

 でも、碧の言葉は昔から、突然変なことを言う。
 あの日「忘れるなよ」と言ったみたいに。
 この「彼氏いるの?」にも、なにか隠された気持ちがあるんじゃないか。

 そう考えるたび、胸が熱くなる。

(だって…勘違いしちゃうじゃんか)

ベットに仰向けになり、スマホをいじる。
返信しようと文字を打っては消して、打っては消して。

 結局、画面には何も残せないまま時間だけが過ぎていった。

 心葉と悠翔君の物語が動き出したあの日。

今度は、私自身の物語が始まろうとしているのかもしれない。