もう一度、好きになってもいいですか?

 チャイムが鳴って、ざわついていた教室が少しずつ静まっていく。
 放課後の空気は、文化祭を終えたばかりの余韻に満ちていた。
 それでも、私の耳には妙に落ち着かない声が飛び込んでくる。


「ねえ、知ってる? 男子校の王子さま!」

「知ってる〜!鼓碧くんでしょ?」

「その碧くんってさ、この前のバスケ大会でもめっちゃ活躍したらしいよ」

「やっぱ運動できる男子ってモテるよね。
 しかも顔もいいし」

「インステのストーリー、いいねの数すごいよ!」

「わ、もう完全に“王子さま”じゃん」


 笑い混じりのひそひそ話が、どこからか聞こえてくる。
 私はノートを閉じながら、心臓の奥がざわめくのを誤魔化すように机を整えた。

 ——碧。

 小学校の頃から、ずっと一緒にいた幼馴染。
 どんなときも明るくて、ちょっとお調子者で。
 テストでは毎回私に答案を見せては「なあ、美咲、これ合ってる?」なんて笑って。

 それが当たり前の景色だった。
 でも今は違う。
 高校に入って別々の学校に進んでから、彼はいつの間にか「みんなの注目の人」になっていた。
 私は、ただの友達で。


 ——それ以上でも、それ以下でもない。

( はずだった…なぁんて )

 家に帰って、ベットに横になる。
 机に突っ伏してスマホを取り出す。
 通知の光が一つだけ点っていた。
 開いた画面に映ったのは、見慣れたユーザーネーム。


______

tsuzumiaoi_14
「美咲って、彼氏いるの?」

 ̄ ̄ ̄

 ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
 画面を見つめたまま、指先が動かなくなる。

 どうして今、こんなことを訊いてくるの?

 文化祭のざわめきの中で聞いた「王子さま」という言葉が、胸の奥で重なっていく。

 みんなにとっての憧れの存在が、私にこんなメッセージを送ってくるなんて。

おもわせぶり?

昔の悪ふざけ?



「……なに考えてるのよ、碧」


 小さくつぶやいて、返信画面を開く。

 でも打とうとした文字は、すぐに消えていった。

 “いないよ”って言ったら、彼はどう思うんだろう。

 “いるよ”って嘘をついたら、私はどんな顔をすればいいんだろう。

 昔は何でも言えたのに。
 いつからだろう。
 …こんなに言葉が出てこなくなったのは。

 窓の外では、夕陽が赤く校舎を照らしていた。
胸の奥に広がる熱が、どうしようもなく甘くて、苦しい。
幼馴染だからこそ、一番近くにいると思っていたのに。