僕はこの話を、小学生の頃に知った。


日本全国のどこでもいい、神社を1社ピックアップして、その神社の御利益や神様について調べ、まとめるという授業があった。周りは、伊勢神宮や、靖国神社などを選ぶ中、僕は和霊神社を選んだ。僕は小学生の頃から、父が愛読していた司馬遼太郎の小説、「竜馬がゆく」を隠れて読んでいて、坂本龍馬が好きだった。Windows 2000のパソコンや、図書館などで坂本龍馬について調べ、坂本龍馬が、脱藩前に、高知県にある和霊神社にお参りをしたという記述を見つけた。その総本社が愛媛県宇和島市にある、和霊神社だということを知り、授業の課題として選び、改めてしっかり調べて、和霊騒動のことを知った。


真面目な人が損をする。山家清兵衛の悲劇は、現代社会の縮図を表しているように思う。


そりゃ、社会も案外捨てたもんじゃないとは思う。でも、僕は結局適合できず、ただ小説を書いている。何もない人間は、政治家になるかないと、何かのドラマで言っていたが、僕としては、小説家も同じじゃないかと思う。何もないからこそ、自分の存在意義を示すために小説を書いている。


社会に捨てられたんじゃなくて、社会に絶望して、社会を捨てたのが、僕なのだ。