言うまでもなく、僕は彼女に恋をした。
その恋の発動条件は、人なら誰しも持っているそれだった。人ならざるは、それを持たず。非核三原則のような言い回しだが、僕も例にもれず持っていた。それを人は何かで埋めようとする。でも結局、埋めることができるのは人でしかない。僕は彼女で埋めようとした。パンパンに詰め込んで、満たされようとした。最初はそんな邪な考えでしかなかった。
だから声もかけたし、あんなにしつこく、普通に軽蔑されてもおかしくないような、質問攻めをした。でも、彼女は決して丁寧ではなく、かと言って邪険にもせず、僕と繋がってくれた。交信してくれた。それだけで、僕の中の、人なら誰しも持っているそれは、満たされて、希望だって見い出せた。
ホテルに帰ってからも、僕は彼女のことを考えた。あの長い髪に触れた時の感触を、右手に想像した。そこから頬に触れ、首筋を降りて、乳房、脇腹、腰とすべてを想像した。でもそれは、虚空を掴むようなもので、ああ、もどかしい。
窓からは、月が見えた。いびつな形をした、なんてことはない月だった。僕の心を体現しているような、何かが欠けている。僕は必死に手を伸ばす。伸ばした手は、ガラス窓にぶつかって、そこから先は遠い。この距離が彼女との距離であって、ガラス窓は障壁。すべてを壊して、彼女に触れたい。抱き寄せて、包み込みたい。ふつふつと、湯が煮えるように込み上げる衝動を、必死に押し殺す。このまま支配されたら、僕はなんだってしてしまいそうだ。
昨夜、残った缶ビールを1本開けた。彼女が飲んでいたペットボトルのお茶と同じように、喉を鳴らしながら飲んだ。こうしているだけで、彼女と少しでも近づけたような、変態的自己満足になった。1本しか飲んでいない。なのに僕は、昨日とはまた違った形で酔っているようだった。狂っている。サイコパスだ。でも、一度下っていくと止まらない、恋の坂。転がり堕ちて、転がり堕ちて、しりもちをついた先に、彼女はいるだろうか。



