恋をかなえて!小さなふたり

__俺は今、十五年間生きてきて、とても不思議な状況と対面している。
中学三年生でいわゆる受験生の俺、浦野優大。
いつものように通学路である銀杏並木を通っていた所、風に舞う銀杏の葉っぱを追いかける、小さな小さなカップルを見つけた。
体の大きさは普通の人間とは違い、俺の親指サイズ。
最初は人形かと思ったけど、近くにこのカップルで遊んでいるような子どもはいないし、そもそも普通に動いているし、わあわあ騒いでるし喋ってるし…何かわからないが、とにかく生き物だということは確かだ。
「コーくん、この…なんていうか植物?ものすごく素敵じゃない?」
「な!僕らの星では見たことない植物だよな〜」
彼女っぽい女の子らしき生き物は白色の半袖のワンピースを着ている。それと合わせたのか、彼氏っぽい生き物は白いTシャツにグレーの半ズボンを履いている。
…うん、なんなんだ、この二匹は。
名前も知らない意味不明な生き物に腹を立てていると、彼女の方が俺の存在に気づいた。
「ねえ、待って…!コーくん、あれ、〝ニンゲン〟じゃない?」
彼女が俺に向かって指をさしてきた。
まずい。
俺の額に冷や汗が出る。
盗み見してたのバレた…!俺どうなるの!?殺される!?
いろんな意味で恐怖でびくびく震えていると、彼氏は彼女の指先を追って俺を瞳にとらえるなり、ぱっと明るい笑顔になった。
「本当だ!〝ニンゲン〟!」
「しかも私たちが見えるってことは、そういうことだよね。」
行こう、とふたりは固まる俺にぷかぷか浮かびながら寄ってきた。
そして律儀にふたりは頭を下げた。
「どうも。私、あなたの恋を叶えに来たリナと」
「コーヘイです。どうも!」
そんな軽い挨拶の後、リナと名乗る彼女はコーヘイと名乗る彼氏と手をつないだ。
「見ても分かる通り、私たちは薬指なわけです。」
「_え?」
思わず声に出た。
一体何なんだ〝薬指〟って…。
唖然としていると、ふたりは手を離す。
「待ってリナ、この世界じゃ通じないよ!」
「あ、そっか…!この世界では〝カップル〟なんだっけ…」
とコソコソ話をし、あらためてとニコっと笑う。
「すみません、私たちはここの世界で言うと〝カップル〟です。カップルは、私たちの故郷では薬指って言うので…」
リナの言葉に相槌を打ち、「全然平気です。」と優しく微笑む。
でもすぐその後に、「…私たちの故郷?」と首をかしげる。
すると、コーヘイが急に真剣な顔になり、俺を見つめた。
「僕たちは、地球とは遠い星の〝親指星〟という、これぐらいの大きさの生き物しかいない星から来ました!この星は、く…カップルたちが地球に住むニンゲンの恋をひとつ叶えなければ結婚できないという掟がありまして。ふたりで結婚するため、地球にやってきました!」
「へえ…そんなルールがあるんですね…」
はーと感心しながら、顎に手を添え頷く。
地球以外に〝親指星〟という星があるのも知らなかったし、ましてや地球まで行って、そこで人間の難しい恋を叶えなければ結婚できないだなんて面倒くさそうだなと考えていると、リナが口を開いた。
「はい。お母さんとお父さんにも、〝地球に行ったら必ず自分たちが見える人がいる。その人の恋を叶えればいい〟と言われまして…」
「_だからふたりが見えた俺に声をかけた、ってことですね?」
リナとコーヘイの顔を見ると、何度も首を縦に振った。
少し真剣な空気から一変、コーヘイが俺の手を掴んだ。
米粒くらい小さいけれど、きちんとぬくもりはあった。
「というわけで、あなたの恋を叶えます!なのでまずはお名前を教えてください!」
「え、あ、浦野優大です…けど…って、え、俺の恋!?」
〝親指星〟という独特なワードと、リナとコーヘイがカップルなことに気を取られすぎていて、ふたりが俺に話しかけてきた本当の意味を忘れていた。
ふたりは混乱状態の俺と反対に笑顔で声を重ね、「はい!」とこたえる。
俺の恋…!?俺の…。
そんな中、ふと浮かんだのは、クラスメートの月霜眞子さんのはにかんだ笑顔。
月霜さんと俺は、中学二年間の間で面識はなかった。
ただ、三年で同じクラスになって、今年の夏に席が隣になったことから親しくなった。
多分会話が増えたのは、趣味が映画鑑賞という共通のことだったからに違いない。
月霜さんが、俺が昔から好きなミステリー映画の特典のファイルを持っていて、俺から声をかけ、そこから意気投合し、親しくなった。月霜さんとはほとんど映画の話しかしていない。
けれど月霜さんは、誰に対しても優しく、真面目で律儀で、ものすごく笑顔がかわいい。
映画について話すうちに、気づけば月霜さんを目で追うようになっていた。
今は夏休みもとっくに明けて、席替えをして席は遠くなってしまったけど、時々話しかけたり話しかけられたりして会話は続いている。
「…も、もしかして、好きな人とかいませんか…?」
ずっと返事をしなかった俺に気を遣って、リナが遠慮がちに顔を覗き込んできた。
いや、違いますと首を振る。
「います。…好きな人」
恥ずかしながらも伝えると、ふたりは顔を綻ばせ、「どんな人ですか!?」と興味津々に聞いてきた。
俺はそっぽを向き、恥ずかしさをこらえながら月霜さんのことをふたりに話した。
「__っていうことなんです。」
話を聞き終え、ふたりはなるほどと微笑む。
「任せてください!僕とリナが、その恋叶えてみせます!」
コーヘイが自信ありげにえっへんと胸に手を当てた。
「…本当ですか?」
「本当ですよ!僕たちは結婚したい、優大さんはマコという人と付き合いたい、これって一石二鳥じゃないですか!」
コーヘイと口論していると、リナが横から「あの、優大さん。」とつぶやいた。
一回コーヘイとの口論を止め、「何ですか?」とたずねる。
「その…〝チュウガッコウ〟とやらに行かなくてもいいんですか?今、八時十五分ですけど。」
リナの言葉で、またも我に返る。
この小さな生き物たちの話に夢中で、時間のことさえも忘れてしまっていた。
近くの時計の時刻は、リナの言葉通り八時十五分。朝会が始まるのは八時半から。
あと五分で学校は無理かもしれない。いや、全速力で走ったら何とか…!
「ごめん、遅刻する!」
今は申し訳ないけど、リナとコーヘイには構っていられない。
謝罪の文を残して、俺は全速力で走り出す。
なんと、それについてきたリナとコーヘイ。
コーヘイは隣で、「わかりましたよ!じゃあ僕が、恋が叶えられるっていうことを証明しますよ!」とヤケになったのか言い放った。
反応する余裕もなく、俺は息を切らして前に前に向かう。
風を切って、走る、走る、走る。
秋の風は少し肌寒い気がする。
銀杏並木を抜け、木々に囲まれている階段が見えてきた。
この第二関門を突破下は、喜ばしいことに学校が見えてくる。
そう思って階段にどんどん近づいたものの、階段の最初の段付近に、うずくまっている女の子がいた。
その女の子は俺が通っている柊中学の制服を着ていた。
うずくまっている?転んだのか…?
何か嫌な予感がして、女の子に届くように大声を出す。
「おーい!大丈夫ですかー?」
声をかけると、高い位置で結ばれた髪が振られ、うずくまっていた人物がこちらを見た。
大きな瞳、整った顔立ち、いつものひとつ結び…。
「え、月霜さん!?」
驚きと混乱が混じりつつ、慌てて駆け寄る。
息を整えながら、「どうしたっ?」とたずねた。
「あのね…今日寝坊しちゃって遅刻しそうになったから、走ってたの。でも突然何もないところで足捻っちゃって…痛くて一歩も歩けないままで…」
道理で月霜さんは右足首を押さえているのか…。
俺は息をすうっと吸う。
好きな人が怪我をしていて、時間とか遅刻とか気にするヤツがいるか。
まだ俺の体力は有り余っている。
「本当に申し訳ないけど…力を貸してくれると嬉しいです。」
月霜さんの優しい言葉遣いに、俺は大きく頷いて、月霜さんの隣で屈む。
「乗って、月霜さん。」
肩越しに月霜さんに伝えると「えっ!」と目を丸くした。
「で、でも。力を貸してほしいとは言ったけど…私、めちゃくちゃ重いよっ。しかも人をおんぶして階段上がるってキツイし…手とか肩貸してくれるだけでいいよっ。」
俺は力強く首を振る。
「さすがにさ、足に怪我してる人を歩かせるわけにもいかないし…肩貸しても歩けないと思うから。これが一番最善だよ。…あ、おんぶされるのが嫌だったら全然やめるよ。」
少しの間のあと、月霜さんは「ありがとう、浦野くん。じゃあ、お願いしてもいい?」と頼ってくれた。
お願いしてくれたことが嬉しくて、「うん。任せてよ、月霜さん。」と微笑む。
月霜さんが乗りやすいようにかがみ、近づく。
月霜さんは俺の背中に身を預け、ゆっくりと立ち上がる。
月霜さん本人は「重い」とか言ってたけど、全くというほど重くなかった。
優しくつかんだ両足首も細くて、逆に心配になる。
「じゃあ行くよ、月霜さん。」
「うん、ありがとう。」
こうして、俺は一歩一歩階段を登っていく。
近くでリナとコーヘイが見守ってくれているのがわかった。
学校が見えたとき、一時間目の開始を知らせるチャイムが鳴った。
ここで遅刻は確定だけど、月霜さんのためなら何時間でも遅れてもいい。

ようやく下駄箱に入り、ふたりとも靴を履き替え、保健室に向かった。
「ごめんね、浦野くん。重いよね、休んでいいよ。」
「いやいや、月霜さんは軽いから大丈夫。俺全く疲れてないから!」
月霜さんに優しくこたえ、俺は廊下を一歩一歩進む。
すると、月霜さんが俺の首に回した手に力を込めた。
下駄箱に続く廊下の奥に、保健室はある。
数分して保健室に向かった着き、ドアをノックする。
「失礼します。三年二組の浦野と月霜です。森川先生いますか。」
保健室の奥まで届くように声を張り上げる。
「はーい」
養護教諭の森川先生の声が聞こえ、ホッと胸をなでおろす。
保健室のドアが開くと、森川先生が目を丸くした。
「えっ、どうしたの!?」
おんぶという状態に、森川先生は慌てた様子でつぶやいた。
独特な匂いがする保健室に入り、森川先生の前のパイプ椅子に月霜さんを下ろす。
月霜さんが怪我の経緯や状態を話すと、森川先生は「あらあら大変だったね。」と優しくこたえてくれた。
月霜さんの足の様子を見て、森川先生は「腫れてはないね、骨折じゃなさそう。眞子ちゃん痛みはどう?」と首を傾げた。
「…痛み、引いてきました。」
「そう、よかった。じゃあ湿布はって様子見ましょうか。」
森川先生は手慣れた様子で箱の引き出しから湿布を取り出し、月霜さんの右足首にはりつける。
「ありがとうございます。」
頭を下げる月霜さんに、俺は「歩けそう?」と顔を覗き込んで聞いた。
月霜さんは立ち上がると、「うん。ごめんね、ありがとう浦野くん。」と優しくはにかむ。
森川先生にふたりでお礼を言って、俺たちは保健室を出た。
遅刻の件は、森川先生が担任の市村先生に話してくれるそうだ。
「__本当に今日はありがとう。ものすごく助かったよ。」
ゆっくり階段を上がる月霜さんのペースに合わせながら、ふたりで歩きながら話す。
「いやいや、全然。足が大丈夫そうでよかったよ。」
「うん…本当に、ありがとう。」
そこで会話は途切れ、沈黙が続いた。
朝なのにやけに静かな校舎。
三階上がると、三年二組の教室が見えてきた。
その時、「浦野くん」と月霜さんが俺を呼んだ。
「ん?」と振り返ると、「今朝のこと…本当に助かったから、私も浦野くんの力になりたいの。だから、もし何か困ったこととか頼みたいことがあったら遠慮なく頼ってね。」と窓からさしこむ朝日に照らされる月霜さんの笑顔があった。
__ドクン。
月霜さんの顔に、心臓が高鳴る。鼓動がだんだん速くなるのが分かる。
「…ありがとう!じゃあ遠慮なく頼らせてもらうわ。」
俺がそう微笑むと、「うんっ」と嬉しそうに月霜さんは頷いた。
すぐ近くでニヤニヤしている、リナとコーヘイ。
コーヘイがウィングをしてきた。
ムカつくけど、照れくさいの方が勝つ。
俺は月霜さんに、「月霜さん、先行ってて。」と口にする。
月霜さんは不思議な顔をしながらも了承してくれた。
月霜さんが三年二組の教室に入ったことを確認すると、俺は今までの光景を見守っていたリナとコーヘイに微笑む。
「さっきのって…コーヘイの力ですか?」
問うと、コーヘイはニヤッと無邪気に笑う。
「どうですか?これで信用してもらえました?」
俺は頷き、コーヘイとリナに深く頭を下げた。
「お願いします。俺の恋を手伝ってください!」
ふたりは笑って、「もちろん!」とこたえてくれた。
今日この日から、親指サイズのリナとコーヘイカップルたちとの、俺の恋を叶える日々がはじまる。