婚活アプリで出会った人が運命の人だった

通されたのは小会議室。
高杉がドアを開き、恵を促すように中へ入れた。
恵が会釈して入る。
高杉は椅子を引き執事のように振舞った。

「こちらへ」

恵が椅子に座る。
高杉は机を挟んで向かいに座った。
しばらく沈黙が続く。

高杉はスマートフォンを取り出し、何かを確認している。
恵は居心地の悪さに耐えながら、じっと待った。
やがて高杉がスマートフォンを置き、顔を上げた。

「僕はこのイベントの主催者、高杉と申します」

丁寧な口調。しかし、温度を感じない。

「私は」

高杉が手で恵の言葉を遮った。

「あ、名乗らなくて結構」

恵が顔をこわばらせる。

「僕、どうでも良い人は名前、覚えないから」

さらりと言ってのける高杉。
恵の顔が険しくなった。

(なに、この人……)

「それで、さっきのあれはいったいどういうつもりですか?」

高杉が冷たい目で恵を見た。

「何がですか?」
「お客様に噛みついて何してるんですかって言ってるんです」
「私は新婦の想いをくんだだけです」

すると高杉は鼻で笑った。

「新婦の想い? あなた、宮之上様がどういう方かご存知ですか?」
「いいえ」
「大学病院のご子息なんです。資産家の」
「だったら何?」

恵が真っ直ぐに高杉を見返した。
高杉は眉間にしわを寄せた。
が、すぐに表情を戻す。

「普段ならこのようなイベントには来ません。でも今回、僕が主催ということで来てくれたんです」
「だからなんだって言うんですか」
「特別なお客様なんですよ。わかりますか?」

高杉がゆっくりと言葉を続ける。

「結婚の費用を支払うのは彼です」

恵が呆れた表情になった。

「はっ。新婦は支払うわけじゃないから黙ってろと?」

高杉がにっこりと笑った。

「やっと理解してくれたようで」
「あなた、金の亡者ね」

恵が思わず口にした。

「よく言われます」

高杉は動じない。

「結婚式の主役は新婦です」
「新郎も主役でしょ?」
「想いが違います」

恵が食い下がる。
高杉が再び鼻で笑った。

「たかだか通過儀礼だと思ってるような男と違います」
「それはずいぶんな決めつけですね」
「私たちは実際に色んなお客様に会ってきてますから」
「僕は会ってないとでも?」

高杉の声のトーンが少し低くなった。

「じゃあ、接客やられました? 今日。一度でも! 主催したからって何なんですか?」

恵の声も大きくなる。

「それはあなたがたバイトのやることでしょ?」

バイト。
その言葉に、恵の中で何かが切れた。
席を立つ。

「失礼します」

恵は振り返らず、急いで部屋を出た。

廊下に出ると、深く息を吸った。
手が震えている。

(最低……)

高杉の冷たい目が、脳裏に焼き付いていた。