退院後、蓮のマンションでの同居が始まった。
といっても、蓮は仕事でほとんど家にいない。
柚にとっては、施設よりはるかに贅沢で、けれど広すぎて少し寂しい空間。
柚はここで、自分の「居場所」を必死に守ろうとしていた。
蓮に嫌われないように。
彼が帰ってきたとき、部屋がいつも綺麗で、自分が「健康な子」に見えるように。
(……先生に、これ以上苦労させちゃダメなんだ)
そう思えば思うほど、柚は自分の「弱さ」を隠すようになった。
夜中に肺がゼーゼーと鳴り始めても、壁一枚隔てた隣の部屋で眠る蓮には、絶対に気づかれないように。
ある夜、蓮が珍しく早く帰宅した。
「柚、起きているか」
「……っ、……うん、……だいじょうぶだよ」
柚は布団を頭まで被り、声を押し殺した。
実はさっきから、冷え込みのせいで発作が出始めていたのだ。
「……顔を見せろ」
ドアが開き、蓮が入ってくる。
彼は柚が布団を被ったまま震えているのを見て、すぐに異変を察知した。
「……柚、呼吸が荒いぞ。嘘をつくな」
「……ううん、……なんでも、ない……。……先生、……おつかれさま……」
柚は必死に笑顔を作ろうとしたが、次の瞬間、激しい咳き込みが彼女を襲った。
「……っ、げほっ! ……はぁ、……はぁっ……!」
「……馬鹿者が! なぜ黙っている!」
蓮は怒鳴りながらも、すぐに救急箱から吸入器を取り出し、柚を抱き上げた。
彼の肩の傷は、まだ完治していないはずだ。
それなのに、彼は顔色一つ変えず、柚をしっかりと支えている。
「……ごめ、なさ……。……せっかく、たすけて、もらったのに……」
「……謝るなと言っただろう。……お前が苦しいときに隠し事をされるのが、俺は一番辛いんだ」
蓮の胸板に耳を押し当てると、彼もまた、激しく心臓を鳴らしているのがわかった。
彼も、怖がっている。
自分が死ぬことを。
吸入が終わり、呼吸が整っても、蓮は柚を離さなかった。
「……お前が成人するまで、俺が責任を持つ。……だから、一人で抱え込むな。いいな」
「……うん。……先生、ごめんね」
柚は蓮のシャツの裾をぎゅっと握りしめた。
まだ「家族」としての階段を一段登っただけ。
二人が、お互いを「一人の男」と「一人の女」として見つめるようになるまでには、まだ、何百回もの夜を越える必要があった。
といっても、蓮は仕事でほとんど家にいない。
柚にとっては、施設よりはるかに贅沢で、けれど広すぎて少し寂しい空間。
柚はここで、自分の「居場所」を必死に守ろうとしていた。
蓮に嫌われないように。
彼が帰ってきたとき、部屋がいつも綺麗で、自分が「健康な子」に見えるように。
(……先生に、これ以上苦労させちゃダメなんだ)
そう思えば思うほど、柚は自分の「弱さ」を隠すようになった。
夜中に肺がゼーゼーと鳴り始めても、壁一枚隔てた隣の部屋で眠る蓮には、絶対に気づかれないように。
ある夜、蓮が珍しく早く帰宅した。
「柚、起きているか」
「……っ、……うん、……だいじょうぶだよ」
柚は布団を頭まで被り、声を押し殺した。
実はさっきから、冷え込みのせいで発作が出始めていたのだ。
「……顔を見せろ」
ドアが開き、蓮が入ってくる。
彼は柚が布団を被ったまま震えているのを見て、すぐに異変を察知した。
「……柚、呼吸が荒いぞ。嘘をつくな」
「……ううん、……なんでも、ない……。……先生、……おつかれさま……」
柚は必死に笑顔を作ろうとしたが、次の瞬間、激しい咳き込みが彼女を襲った。
「……っ、げほっ! ……はぁ、……はぁっ……!」
「……馬鹿者が! なぜ黙っている!」
蓮は怒鳴りながらも、すぐに救急箱から吸入器を取り出し、柚を抱き上げた。
彼の肩の傷は、まだ完治していないはずだ。
それなのに、彼は顔色一つ変えず、柚をしっかりと支えている。
「……ごめ、なさ……。……せっかく、たすけて、もらったのに……」
「……謝るなと言っただろう。……お前が苦しいときに隠し事をされるのが、俺は一番辛いんだ」
蓮の胸板に耳を押し当てると、彼もまた、激しく心臓を鳴らしているのがわかった。
彼も、怖がっている。
自分が死ぬことを。
吸入が終わり、呼吸が整っても、蓮は柚を離さなかった。
「……お前が成人するまで、俺が責任を持つ。……だから、一人で抱え込むな。いいな」
「……うん。……先生、ごめんね」
柚は蓮のシャツの裾をぎゅっと握りしめた。
まだ「家族」としての階段を一段登っただけ。
二人が、お互いを「一人の男」と「一人の女」として見つめるようになるまでには、まだ、何百回もの夜を越える必要があった。
