男子ですが、乙女ゲームの主人公になりました。

昼休みになり、いつも通り小杉が俺の一つ前の席に座った。

「俺今日弁当持ってきた。芦原は?何か買いに行く?」

「いや、俺も今日弁当持ってきた」

「そっか、じゃあ食べようぜ」

小杉はその見た目とは似つかわしくない、ファンシーなランチバッグから弁当を取り出し、嬉しそうに頬を緩めた。
その様子が妙に可愛く思えて思わず笑いそうになったけど、気を取り直して俺も弁当箱の包みを開き、向かい合って昼食を取り始めた。

「なあ芦原ぁ~」
「小杉、もう諦めろ」

情けない声で縋るような目をして俺を見る小杉に笑えてくる。
午前中に比べると、若干諦めたような雰囲気にもみえるけど、でもまだ諦めきれないんだろう。
その姿に多少の申し訳なさを感じつつも、俺の心は変わらない。
心の中でごめん、と謝るも、そんな小杉がなんだか可笑しくて、俺もいつの間にか笑顔になっていた。
そうこうしているうちに弁当を食べ終え、お腹も満たされた俺たちはそろって机に突っ伏していた。
窓から吹き抜ける風が気持ちいい。
小杉の女装という悪夢を見たせいで、今日は寝不足だ。このまま眠ってしまいたくなる。
ふと見ると、小杉も目を閉じていた。
自然とまぶたが落ちる。
満腹感と頬をなでる風の気持ち良さにウトウトしていると、小さく重なりあう声が耳をかすめ、近くでざわつくような気配がした。

そんな時、耳元で突然コツコツと音が鳴った。
気のせいかと思ってそのまま目を閉じていると、再び机を叩くようなコツコツという音が聞こえてきた。

「あーしーはーらーくーん。起きて」

誰かが俺を呼ぶ声。
誰だ?
聞き覚えのない声に、俺はそっと目を開けた。
右隣に、誰かが立っている。
耳に届く、女子達の小さな歓声。
俺はゆっくりと顔を上げ、声のした方向に視線を向けた。

「あ、起きてくれた」

見上げた視線の先には、一人のイケメンが俺を見つめて微笑んでいた。
驚きで思わず体が跳ねる。

「え?な、なに?」

自分でも戸惑うほどに声が上擦った。
クラスの女子達が一斉にこちらを見ながらざわついている。

優しげな雰囲気。可愛いと格好良いの両方を兼ね備えたような、中性的な顔立ち。
綺麗な顔に纏う、ふわりと緩やかな曲線を描く茶色の髪が風になびく。

このイケメンは、確か……。

「ねえ、さっき藤原さんから聞いたよ。例の件、芦原くん断ったんだって?」

「……例の件?」

俺の問いかけに、イケメンは少し声のトーンを落として俺の耳元で囁いた。

「文化祭の演劇のこと」

咄嗟に耳を押さえながら、その人の顔を見る。
あの恋愛ゲームのイケメンの中の一人はこの人なのか……!

「えっ、ああ、まあ、そうだけど……」

茶髪のイケメンは、ふうん、と小さく呟くと、そのままスッと背筋を伸ばし、片手を上げて天井を指差した。

「ちょっと屋上来てくれない?」

彼は笑みを浮かべてそう言うと、俺の手を取り緩い力で引き寄せた。
ガタン、と音を立てる椅子。
近づいた拍子に、甘い香りが微かに漂う。
突然の至近距離に心臓が飛び跳ね、気付けば息を飲んでいた。
抗う間もなく手を引かれながら、俺はそのまま屋上へと連れ出されることになった。