男子ですが、乙女ゲームの主人公になりました。

まずはそのイケメンが誰なのか聞いてみないと。
話はそれからだ。

「えっとね、そのイケメンっていうのは」

そう言って藤原さんが言いかけたのとほぼ同時ぐらいに、教室のドアがガラッと開いた。

「君たちまだいたの?早く帰りなさい」

ドアの入り口で生徒指導の先生がこちらを見て立っている。

「今帰ります!」

皆の声が重なり合い慌ててカバンを手に取ると、逃げるようにして一斉に廊下へと飛び出した。

「あ、私一回自分の教室に戻りたい!忘れ物した!」

藤原さんがつま先に急ブレーキをかけて、隣の4組のクラスへと足を向ける。
小杉もそれに合わせて足を止めた。
多分、藤原さんを待って一緒に帰るんだろう。
そんな小杉に小さく手を上げ、俺は下駄箱へと走り出した。

「小杉!俺先に帰るよ。演劇の件は悪いけど断っといて。じゃあまたな!」

捨て台詞のようにサラッとお断りの言葉を織り混ぜる。
それを聞いた小杉は一瞬驚いた顔をしてこちらを見たが、そんなのは気にも留めずにそのまま言い逃げして帰ってきた。

女装してヒロイン役なんて、そんなもん出来るわけないだろ。
とにかく恥ずかしすぎる。
しかもイケメンとのラブストーリーとか……ほんとに勘弁して欲しい。
だけど、こんな恋愛ゲームみたいな劇に出演してくれるイケメンって誰なんだろう?
藤原さんのイケメンの基準がわからないから、なんとも言えないけど。
だって彼氏が小杉だもんな……。

帰り道、そんなことを頭の中でぐるぐる考えながらも、とりあえず断ることができてホッとしていた。

明日学校で小杉や藤原さんに何か言われても絶対に断ろう。
俺の意思は固い。

夕暮れの涼しい風に吹かれながら俺は一人うんうんと頷き、足取り軽く家路を急いだ。
帰宅してからはゲームをしたり家族とテレビを観たりして何も考えずに過ごしていたけれど、俺の頭の中からは女装というワードは消えていなかったらしい。
夜寝ていると、夢の中に女装をした小杉が現れ、夜中にうなされて目が覚めた。

……本当に勘弁して欲しい。

そこからはほとんど眠れないまま、睡眠不足で朝を迎えた。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい、気を付けてね」

家族に見送られ、いつものように家を出る。
睡眠不足で体もダルいし、足取りは重い。
俺は重たい体を引きずるように、あくびをしながら学校へと向かった。
教室に着くと、すぐに小杉が駆け寄ってきた。

「芦原、おはよ!」

小杉の顔を見たら、夢の中の女装の小杉とタブって見えて、朝から気分が悪くなった。

「昨日のことなんだけどさ」
「悪い、絶対無理だから」

早速切り出した小杉に、間髪入れずにお断りした。

「そんな事言うなよー!もうちょっと考えてみてよ」
「無理無理。他当たって」
「冷てー。いつからそんな冷たいやつになったんだよ。俺の知ってる芦原はそんな奴じゃなかった筈だ」
「はいはい、なんとでも言って」

そんなやり取りを休み時間ごとに繰り返すうち、気が付けば昼休みを迎えていた。