刻は、今日の四限目に遡る。
いつも通りの授業風景。
俺の席はベランダ側の一番後ろの席だ。
同じクラスで友人の小杉は、廊下側の前から2番目の席に座っている。
あいつ、寝てやがるな。
先生からはすぐ目に留まる前の席なのに、頭を垂れて堂々と寝ている小杉にふっと口元が緩んだ。
その後ぼんやりと前方の黒板に目をやるも、空腹のせいで授業の内容は全然頭に入ってこなかった。
はぁ、お腹空いたな。
ぼんやりしているうちに、時計の針は十二時半を指していた。
やがて授業終了を告げる甲高いチャイムが鳴り、小杉がすぐさまこちらへ駆け寄ってきた。
さっきまで寝てたんじゃなかったのかよ。
「芦原!購買行こうぜ!」
「ああ、うん。ちょっと待って」
「おーい、早くしろよー!パンなくなっちゃうじゃん」
顔を歪めじたばたする小杉に急かされながら、慌てて机の上の教科書をカバンにしまった。
それと同時にカバンから財布を取りだし、ズボンのポケットにグイッと押し込む。
「行くぞ!ほら!」
「わかったわかった!」
いつもと変わらない慣れた光景。
廊下に溢れる人の波をかき分け、二人して購買へと跳ねるように駆け出した。
せっかちなんだからこいつは。
小杉とは中学時代からの友人だ。
中学2年の時に同じクラスになり仲良くなった。
きっかけは小杉から。クラス替え初日の日に、これから仲良くしようぜっていきなり声をかけられた。
お調子者で騒がしいけど、あまり自分から積極的に他の生徒とコミュニケーションを取らない俺からしたら、それはとてもありがたい存在だった。
そこからというもの、コミュ力おばけの小杉とはあっという間に仲良くなった。
3年に進級した時にクラスは別々になったが、俺たちの関係が変わることはなかった。
中学生活の同じ時間を重ね、高校進学を決める頃には、自然とお互いを親友と呼べるような存在にまでなっていた。
息を切らし購買に着くと、予想通りかなりの生徒でごった返していた。
「芦原!お前何にするん?」
「サンドイッチにするけど、なかったらコロッケパンか焼きそばパン!小杉は?」
「俺メロンパンとたまごパン!」
これだけ人が多いと、俺たちがパンの前に辿り着く頃にはお目当てのパンが残っていない可能性が高い。
パンを取るために、みんな我先にと肩をぶつかりあわせる。
生徒でひしめき合う人だかりの隙間から、目当てのパンが残っているかをちらちらと窺った。
全然見えない。
つま先立ちになり、陳列棚を見ようと体を左右に揺らすと、突然ドンッと背中に大きな衝撃を受けた。
どうやら後ろから来た生徒にぶつかられたみたいだ。
って、冷静になってる場合ではない。
「うわっ!」
つま先立ちしていたせいで、ぶつかられた拍子に体のバランスが崩れたちまちよろける。
やばい!このままだと転ける!
小杉!ヘルプミー!!
グラつきながら視界の端に小杉を捕らえたが、奴はパンのことに夢中で全くこっちを向いていなかった。
その一瞬で絶望感に襲われる。
足がもつれ、何もかもがスローモーションに思えたその時、何者かに強い力でグイッと腕を引っ張られた感じがした。
シューズがキュッと音を立てて止まり、足元が途端に安定を取り戻す。
右腕に掴まれた感覚を感じると同時に、転倒確定だった体が間一髪で引き止められていた。
良かった。なんとか転けるのは回避したみたいだ。
引かれた右腕に、誰かの手の感触が伝わる。
「大丈夫?」
「あ、ありがと……」
突然上方から降り落ちてきた声に驚き、ゆっくりと視線を上へと移す。
そこには綺麗な煌めきを放つ二つの瞳が、俺の様子を伺うようにじっとこちらを覗き込んでいた。
こ、これは。
学年でもトップクラスのイケメンで有名な、水木拓斗じゃないか。
よりにもよって、こんなイケメンに助けられるなんて。
「あ、ご、ごめん。大丈夫。助かりました。ありがとう」
彼とは同学年ながら接点はなく、一度も言葉を交わしたことはない。
それでも、その端正な容姿で校内の人気を集める水木の存在くらいは、さすがの俺でも知っていた。
涼しげな整った顔立ち。
美しいラインを描く切れ長の目元にスラリとした鼻筋。血色の良い薄い唇とシャープな顎のライン。
まるで、美の暴力だ。
頼むからこっちを見ないでくれ。
彼の美しい瞳は変わらず俺に向けられたまま。
目を合わせられなくて伏し目がちにお礼を言うと、掴まれた手がふっと離され右腕がストンと軽くなった。
「そっか、良かった」
優しい声色。
チラリと彼に目をやると、サラサラの黒髪を揺らしながらにっこりと彼は微笑んだ。
形の整った綺麗な唇の口角が上がる。
172センチの俺より随分と高い背丈。俺と比べると彼の身長は10センチは高いような気がした。
男の俺から見てもその格好良さに見とれてしまう。
こんなのは、多分ほんの数分の出来事だったに違いない。
けれど俺にとっては随分と長い時間のように感じられていた。
いつも通りの授業風景。
俺の席はベランダ側の一番後ろの席だ。
同じクラスで友人の小杉は、廊下側の前から2番目の席に座っている。
あいつ、寝てやがるな。
先生からはすぐ目に留まる前の席なのに、頭を垂れて堂々と寝ている小杉にふっと口元が緩んだ。
その後ぼんやりと前方の黒板に目をやるも、空腹のせいで授業の内容は全然頭に入ってこなかった。
はぁ、お腹空いたな。
ぼんやりしているうちに、時計の針は十二時半を指していた。
やがて授業終了を告げる甲高いチャイムが鳴り、小杉がすぐさまこちらへ駆け寄ってきた。
さっきまで寝てたんじゃなかったのかよ。
「芦原!購買行こうぜ!」
「ああ、うん。ちょっと待って」
「おーい、早くしろよー!パンなくなっちゃうじゃん」
顔を歪めじたばたする小杉に急かされながら、慌てて机の上の教科書をカバンにしまった。
それと同時にカバンから財布を取りだし、ズボンのポケットにグイッと押し込む。
「行くぞ!ほら!」
「わかったわかった!」
いつもと変わらない慣れた光景。
廊下に溢れる人の波をかき分け、二人して購買へと跳ねるように駆け出した。
せっかちなんだからこいつは。
小杉とは中学時代からの友人だ。
中学2年の時に同じクラスになり仲良くなった。
きっかけは小杉から。クラス替え初日の日に、これから仲良くしようぜっていきなり声をかけられた。
お調子者で騒がしいけど、あまり自分から積極的に他の生徒とコミュニケーションを取らない俺からしたら、それはとてもありがたい存在だった。
そこからというもの、コミュ力おばけの小杉とはあっという間に仲良くなった。
3年に進級した時にクラスは別々になったが、俺たちの関係が変わることはなかった。
中学生活の同じ時間を重ね、高校進学を決める頃には、自然とお互いを親友と呼べるような存在にまでなっていた。
息を切らし購買に着くと、予想通りかなりの生徒でごった返していた。
「芦原!お前何にするん?」
「サンドイッチにするけど、なかったらコロッケパンか焼きそばパン!小杉は?」
「俺メロンパンとたまごパン!」
これだけ人が多いと、俺たちがパンの前に辿り着く頃にはお目当てのパンが残っていない可能性が高い。
パンを取るために、みんな我先にと肩をぶつかりあわせる。
生徒でひしめき合う人だかりの隙間から、目当てのパンが残っているかをちらちらと窺った。
全然見えない。
つま先立ちになり、陳列棚を見ようと体を左右に揺らすと、突然ドンッと背中に大きな衝撃を受けた。
どうやら後ろから来た生徒にぶつかられたみたいだ。
って、冷静になってる場合ではない。
「うわっ!」
つま先立ちしていたせいで、ぶつかられた拍子に体のバランスが崩れたちまちよろける。
やばい!このままだと転ける!
小杉!ヘルプミー!!
グラつきながら視界の端に小杉を捕らえたが、奴はパンのことに夢中で全くこっちを向いていなかった。
その一瞬で絶望感に襲われる。
足がもつれ、何もかもがスローモーションに思えたその時、何者かに強い力でグイッと腕を引っ張られた感じがした。
シューズがキュッと音を立てて止まり、足元が途端に安定を取り戻す。
右腕に掴まれた感覚を感じると同時に、転倒確定だった体が間一髪で引き止められていた。
良かった。なんとか転けるのは回避したみたいだ。
引かれた右腕に、誰かの手の感触が伝わる。
「大丈夫?」
「あ、ありがと……」
突然上方から降り落ちてきた声に驚き、ゆっくりと視線を上へと移す。
そこには綺麗な煌めきを放つ二つの瞳が、俺の様子を伺うようにじっとこちらを覗き込んでいた。
こ、これは。
学年でもトップクラスのイケメンで有名な、水木拓斗じゃないか。
よりにもよって、こんなイケメンに助けられるなんて。
「あ、ご、ごめん。大丈夫。助かりました。ありがとう」
彼とは同学年ながら接点はなく、一度も言葉を交わしたことはない。
それでも、その端正な容姿で校内の人気を集める水木の存在くらいは、さすがの俺でも知っていた。
涼しげな整った顔立ち。
美しいラインを描く切れ長の目元にスラリとした鼻筋。血色の良い薄い唇とシャープな顎のライン。
まるで、美の暴力だ。
頼むからこっちを見ないでくれ。
彼の美しい瞳は変わらず俺に向けられたまま。
目を合わせられなくて伏し目がちにお礼を言うと、掴まれた手がふっと離され右腕がストンと軽くなった。
「そっか、良かった」
優しい声色。
チラリと彼に目をやると、サラサラの黒髪を揺らしながらにっこりと彼は微笑んだ。
形の整った綺麗な唇の口角が上がる。
172センチの俺より随分と高い背丈。俺と比べると彼の身長は10センチは高いような気がした。
男の俺から見てもその格好良さに見とれてしまう。
こんなのは、多分ほんの数分の出来事だったに違いない。
けれど俺にとっては随分と長い時間のように感じられていた。
