夜はまだ、元彼を思い出す

蓮が来るのは、
いつも夜だった。

時計を見て、
玄関の音に耳を澄ます。

——また、今日も。

ドアが開くと、
蓮は当たり前みたいに私を抱き寄せる。

「久しぶり」

そう言われると、
胸がきゅっとする。

嬉しい。
会えたから。

でも、
それだけ?

ソファに座って、
肩を寄せられて、
いつもの距離になる。

昼に会った時のことを、
思い出してしまう。

可愛いって、
言われなかった。

なのに、
誠はたまたま会っただけで、
あんなふうに褒めてくれた。

——比べちゃだめなのに。

「最近、忙しいの?」

勇気を出して聞くと、
蓮はスマホを見ながら答える。

「まあな」

それ以上、
何も言わない。

「今度さ、昼もどっか行かない?」

一瞬、
空気が止まった気がした。

「……昼?」

少し考えてから、
蓮は軽く笑う。

「またな。夜の方が楽だろ」

その言葉が、
胸に引っかかる。

楽って、なに?

私は、
昼に手を繋いで歩くのも、
たくさん話すのも、
好きなのに。

蓮の腕に包まれながら、
ふと考えてしまう。

——私って、
夜の時間だけの存在なのかな。
だんだん体目的なのかな。

体温は近いのに、
心が少し遠い。

誠の言葉が、
頭をよぎる。

「今日の服、可愛いですね」

ただそれだけなのに、
ちゃんと見てもらえた気がした。

蓮にだって、
言われたかった。

同じ一言を。

「……ねえ、私のこと」

言いかけて、
飲み込む。

重いって思われたくない。

だから、
何も言わない。

何も言えない。

——でも。

夜が終わるたびに、
ひとりになるたびに、
この気持ちは少しずつ大きくなっていく。