夜はまだ、元彼を思い出す

家に帰っても、
頭の中がうるさかった。

蓮の自転車の背中。
強く掴まれた手首。
「俺の彼女だよな」って低い声。

安心するはずなのに、
胸の奥が少しだけ苦しくなる。

——なのに。

思い出してしまうのは、
飲み会のあと、
静かな車内で差し出されたミルクティ。

「寒いと思って」

それだけなのに、
どうしてあんなにドキッとしたんだろう。

誰かと比べるつもりなんて、
なかった。

蓮が好きだ。

強引で、俺様で、
でも私を離さないところが、
ずっと特別だった。

ベッドに横になって、
天井を見つめる。

蓮はいつも、
「会いに行く」って言う。

自転車で、
息を切らして。

その必死さが、
嬉しかった。

でも最近、
“来てくれる”より
“縛られてる”って感じる瞬間がある。

スマホが震える。

「ちゃんと帰った?」

短い文。

心配なのは分かってる。
でも、
返事を打つ指が少しだけ遅れる。

——優しさなのに、
どうして怖いんだろう。

大人って、
もっと余裕があるものだと思ってた。

大切にされてるはずなのに、
心が追いつかない。

「……どうしたいんだろ、私」

小さく呟いて、
ミルクティの空き缶を見つめる。