夜はまだ、元彼を思い出す

飲み会を抜けて、
外に出た瞬間、空気が思ったより冷たかった。

夜の風が頬に当たって、
一気に酔いが引く。

「寒くないですか?」

振り向くと、
誠が少し距離を保ったまま立っていた。

「よかったら車、出しますよ」

その言い方が、
押しつけがましくなくて。

断る理由を探す前に、
私はうなずいていた。

「ありがとうございます」

車に乗ると、
外よりずっと静かで、あたたかい。

エンジン音も、
話し方も、
全部が落ち着いていた。

少し走ったところで、
誠はコンビニの前に車を止める。

「ちょっとだけ、寄ってもいいですか?」

戻ってきた手には、
温かいミルクティ。

「寒そうだったので」

そう言って、
何でもないことみたいに差し出された。

「……ありがとうございます」

両手で包むと、
じんわり指先まで温かくなる。

車の中は、
無理に会話をしなくても気まずくならない空気だった。

「飲み会、楽しかったですか?」

「はい。でも、少し疲れました」

そう答えると、
誠はそれ以上聞かなかった。

「今日は、無理しないほうがいいですね」

ただそれだけ。

家の前に着くと、
誠は車を降りて、ドアを開けてくれた。

「ここで大丈夫ですか?」

「はい」

夜風に当たりながら、
もう一度ミルクティを口にする。

「今日は、ありがとうございました」

「こちらこそ。寒いから、早く入ってください」

それだけ言って、
誠は車に戻った。

引き止めない。
連絡先も聞かない。

——なのに、心に残る。

部屋に戻って、
スマホを見ると、
蓮からメッセージが来ていた。

「今どこ?」

その文字を見た瞬間、
さっきまでの静けさが、少しだけ揺れる。

優しさの形が違うだけで、
こんなにも心の温度が変わるなんて。

ミルクティは、
まだ温かかった。