もし人生をやりなおせるなら、どうするか。その答えはもう出ている。
今、まさに二度目の人生にいるんだから。
「変わらないよ。なにも」
少し、卑屈になっているんだと思う。
「人生なんて何回やりなおしても、変わらない。自分自身が変わらないなら」
これは、ありふれた大人からの、ごくありふれたアドバイスだ。
人生なんて、何度繰り返したって変わらない。
シェルはロアの返答に、耳を傾けていた。
「どうしてロアは、そう思うの?」
「流されてばかりの人生だから。私はいつもそう。今回は偶然、幸せだっただけ」
一度目の人生は流れに身を任せていたら偶然、不幸だった。そして二度目の人生は偶然、幸せだった。
どちらもただ、流されただけだ。
ベルトコンベヤーに乗せられた、工場の生産物みたいに。誰かがその都度、自分の人生に手を加えていくのを黙って待っていただけ。
だから、ルイスが村に残る決断をしたのは自分が原因だと分かっていて、彼の背中を強く押すことができなかった。
「だから、何回やり直したって、人生は変わらない」
もう、そろそろ、諦めさせてほしい。
前世の全てと、優秀なルイスを小さな村に縛り付けた後悔と、シェルに寄り添えなかった後悔と、またなにも成し得ることができない人生への後悔を、どうか弔ってほしい。
少しでもシェルの力になれればと思った会話は、いつの間にか、シェルに救われようとする会話になっている。
だから、自分が嫌いなんだ。
「卑っ屈うー」
笑いながら言うシェルにはやっぱり、昔の面影がある。昔のような笑顔に胸が締め付けられる思いでいた。
「大人になったね、ロア」
「私はもともと、こんな性格だけど」
「そうかも。ロアは昔から、子どものくせに、人と一線を引いてた」
「まあね。私は昔からできあがったレディだったから」
「そっか。俺はこの城でできあがったレディを見てきたつもりだったけど、木によじ登るレディは一度も見なかったよ」
このド天然失言なのか冗談なのかわからないところも、昔のシェルのままだ。
「シェルすぎてうざい」
「うわ、うざいとか久しぶりに言われた。もう一回言って」
シェルはなぜか期待に胸を膨らませた様子で言う。時を経てドMになったのかもしれないが、物珍しいものに突っ込んでいくところは相変わらずだ。
監禁されていることも、昔とは違う顔をしていることも忘れていた。
今のシェルは、昔のまま。
「やっぱり楽しいね、ロア」
シェルはやっぱり、なにも考えていないように見えて、なにもかもを考えているのかもしれない。
格子の向こう側で笑っているシェルと一緒に視界に入ったのは、繋いだ手。
シェルの手は当然、大きくなっていた。
「はなさないよ、今は。俺は手繋いでたい気分だから」
無駄なものだ。
高鳴る胸の音も、今シェルに感じる感情も。
シェルは素直な気持ちを出しているだけだ。手を繋ぎたいと思ったから繋いでいる。シェルの中で〝気分〟以外の理由はないのだ。
「天然メンヘラ製造機」
「昔から俺のこと〝天然メンヘラ製造機〟って言うけどさ、俺メンヘラになった子なんて見たことないよ」
「取り付く島もないってやつなんじゃないの。身分違いすぎて」
「なんかそれ悲しい」
「っていうか。密室に二人の時点で不倫になるんですけど。しかもW不倫ね」
「宮廷舞踏会のズブズブした関係みたいな?」
宮廷内ってそんなにズブズブなの? 詳しく聞かせて。と思ったロアだったが、話が大きくそれること間違いなしなのでやめておいた。
宮廷舞踏会なんて、生涯この目に映ることはない。
この二度目の人生は、マーテル地方の北にある〝トアルの村〟という小さな村に生まれて、と〝トアルの村〟で育って、〝トアルの村〟で死ぬ予定だ。
シェルは王都マーテルの地で、王としての務めを全うし、歴史に名を刻んで死ぬだろう。
文字通り、住む世界が違う人間だ。
幼い頃に偶然交わった世界は、もう交わらない。
「誰も文句なんて言わないよ。俺たちのこと」
国王に文句なんて、誰も言えるというのだろう。もしかするとルイスなら、シェルになにか言えるかもしれない。〝それはダメなことだよ〟と、しっかりと説明できるのかもしれない。
「多分だけどね」
今度は冗談っぽく、シェルは呟いた。
ルイスは、なにを言うだろう。一人ですべてを抱えて、今にも潰れてしまいそうなシェルを見たら。ルイスがなにを言うのか、ロアには見当がつかない。でもきっと彼は、シェルにとってベストな言葉を選ぶとロアは知っていた。
「ところでロアとルイスは、どんな感じで結婚する流れになったの?」
「……いろいろ」
「その〝いろいろ〟が聞きたいんだって」
「いろいろはいろいろ。深く詮索しないでよ。だいたい、それ聞いてなにが楽しいの?」
「楽しくはないかもしれないけど、気になるもん。なんなら聞いてちょっとイライラしたいかも」
「さすがにキモイ」
自分で聞いておいて自分でイライラしたいなんて気持ち悪すぎる。
しかし怖いもの見たさの延長と考えたら、ちょっと気持ちがわかるような気がするところがまた嫌な部分だった。
「こうなったらもう仕方ないじゃん。俺は結婚してて、ロアはもうすぐ人妻なんだから」
あっさりしているのか未練がましいのか、分からない口調で言う。
この男の考えていることは、本当に昔からわからない。
でも、腹が立ったことだけは事実だった。シェルは二年前にどこかのご令嬢と結婚した。連絡ひとつ寄越さないで。
「シェルが……」
この想いを、どんな言葉に変換すればいいのか、わからない。
「シェルが先に、結婚したんじゃん」
だから、曖昧に濁した言葉を。
シェルは、どんな返事をするのだろう。見当もつかないまま、ロアは言葉を投げつけた。
今、まさに二度目の人生にいるんだから。
「変わらないよ。なにも」
少し、卑屈になっているんだと思う。
「人生なんて何回やりなおしても、変わらない。自分自身が変わらないなら」
これは、ありふれた大人からの、ごくありふれたアドバイスだ。
人生なんて、何度繰り返したって変わらない。
シェルはロアの返答に、耳を傾けていた。
「どうしてロアは、そう思うの?」
「流されてばかりの人生だから。私はいつもそう。今回は偶然、幸せだっただけ」
一度目の人生は流れに身を任せていたら偶然、不幸だった。そして二度目の人生は偶然、幸せだった。
どちらもただ、流されただけだ。
ベルトコンベヤーに乗せられた、工場の生産物みたいに。誰かがその都度、自分の人生に手を加えていくのを黙って待っていただけ。
だから、ルイスが村に残る決断をしたのは自分が原因だと分かっていて、彼の背中を強く押すことができなかった。
「だから、何回やり直したって、人生は変わらない」
もう、そろそろ、諦めさせてほしい。
前世の全てと、優秀なルイスを小さな村に縛り付けた後悔と、シェルに寄り添えなかった後悔と、またなにも成し得ることができない人生への後悔を、どうか弔ってほしい。
少しでもシェルの力になれればと思った会話は、いつの間にか、シェルに救われようとする会話になっている。
だから、自分が嫌いなんだ。
「卑っ屈うー」
笑いながら言うシェルにはやっぱり、昔の面影がある。昔のような笑顔に胸が締め付けられる思いでいた。
「大人になったね、ロア」
「私はもともと、こんな性格だけど」
「そうかも。ロアは昔から、子どものくせに、人と一線を引いてた」
「まあね。私は昔からできあがったレディだったから」
「そっか。俺はこの城でできあがったレディを見てきたつもりだったけど、木によじ登るレディは一度も見なかったよ」
このド天然失言なのか冗談なのかわからないところも、昔のシェルのままだ。
「シェルすぎてうざい」
「うわ、うざいとか久しぶりに言われた。もう一回言って」
シェルはなぜか期待に胸を膨らませた様子で言う。時を経てドMになったのかもしれないが、物珍しいものに突っ込んでいくところは相変わらずだ。
監禁されていることも、昔とは違う顔をしていることも忘れていた。
今のシェルは、昔のまま。
「やっぱり楽しいね、ロア」
シェルはやっぱり、なにも考えていないように見えて、なにもかもを考えているのかもしれない。
格子の向こう側で笑っているシェルと一緒に視界に入ったのは、繋いだ手。
シェルの手は当然、大きくなっていた。
「はなさないよ、今は。俺は手繋いでたい気分だから」
無駄なものだ。
高鳴る胸の音も、今シェルに感じる感情も。
シェルは素直な気持ちを出しているだけだ。手を繋ぎたいと思ったから繋いでいる。シェルの中で〝気分〟以外の理由はないのだ。
「天然メンヘラ製造機」
「昔から俺のこと〝天然メンヘラ製造機〟って言うけどさ、俺メンヘラになった子なんて見たことないよ」
「取り付く島もないってやつなんじゃないの。身分違いすぎて」
「なんかそれ悲しい」
「っていうか。密室に二人の時点で不倫になるんですけど。しかもW不倫ね」
「宮廷舞踏会のズブズブした関係みたいな?」
宮廷内ってそんなにズブズブなの? 詳しく聞かせて。と思ったロアだったが、話が大きくそれること間違いなしなのでやめておいた。
宮廷舞踏会なんて、生涯この目に映ることはない。
この二度目の人生は、マーテル地方の北にある〝トアルの村〟という小さな村に生まれて、と〝トアルの村〟で育って、〝トアルの村〟で死ぬ予定だ。
シェルは王都マーテルの地で、王としての務めを全うし、歴史に名を刻んで死ぬだろう。
文字通り、住む世界が違う人間だ。
幼い頃に偶然交わった世界は、もう交わらない。
「誰も文句なんて言わないよ。俺たちのこと」
国王に文句なんて、誰も言えるというのだろう。もしかするとルイスなら、シェルになにか言えるかもしれない。〝それはダメなことだよ〟と、しっかりと説明できるのかもしれない。
「多分だけどね」
今度は冗談っぽく、シェルは呟いた。
ルイスは、なにを言うだろう。一人ですべてを抱えて、今にも潰れてしまいそうなシェルを見たら。ルイスがなにを言うのか、ロアには見当がつかない。でもきっと彼は、シェルにとってベストな言葉を選ぶとロアは知っていた。
「ところでロアとルイスは、どんな感じで結婚する流れになったの?」
「……いろいろ」
「その〝いろいろ〟が聞きたいんだって」
「いろいろはいろいろ。深く詮索しないでよ。だいたい、それ聞いてなにが楽しいの?」
「楽しくはないかもしれないけど、気になるもん。なんなら聞いてちょっとイライラしたいかも」
「さすがにキモイ」
自分で聞いておいて自分でイライラしたいなんて気持ち悪すぎる。
しかし怖いもの見たさの延長と考えたら、ちょっと気持ちがわかるような気がするところがまた嫌な部分だった。
「こうなったらもう仕方ないじゃん。俺は結婚してて、ロアはもうすぐ人妻なんだから」
あっさりしているのか未練がましいのか、分からない口調で言う。
この男の考えていることは、本当に昔からわからない。
でも、腹が立ったことだけは事実だった。シェルは二年前にどこかのご令嬢と結婚した。連絡ひとつ寄越さないで。
「シェルが……」
この想いを、どんな言葉に変換すればいいのか、わからない。
「シェルが先に、結婚したんじゃん」
だから、曖昧に濁した言葉を。
シェルは、どんな返事をするのだろう。見当もつかないまま、ロアは言葉を投げつけた。



