「カーラ、聞いてるかい?」
「テオ様、大変申し訳ないのですが、わたくし、これから仕事なんです」
「貴女がメイドとして世話する相手はここにいるけど?」
「そ、それはそうですけど」
テオは、カーラが昨日の令嬢であり、同時にメイドだと分かってることに理解が追い付かない。
「そうそう、伯父上にもメイド長にも、ちゃんと断ってあるから大丈夫。安心して?」
(何をですか⁉)
ベルが消えているため(消えてても近くにいるだろうけど)、カーラは
「と、とにかく」
と言って立ち上がった。
「女性一人の家に男性がいるなんて、外聞的にもよくないです。貴方の名誉に傷がつくことがあったらどうするのですか」
「それを気にするべきは貴女のほうだけど。もっとも、この家の場所を教えてくれたのは門番のポールで、彼の母上にもさっき挨拶をしているから問題ないよ」
昨日彼からもらった金平糖を持ってたポールに聞いたらしい。
ポールの母に挨拶をしたということは、今頃近所の奥様方が洗濯などをしつつ、カーラの家をわくわくと見守っているのは間違いないだろう。
「でもそうだな。話が長くなるから、貴女のおじいさまの家に行こう。もう訪問する約束はしているからね」
「え?」
「昨日、一緒に入場しただろう? スミスと名乗っていたとおっしゃってたが、本名はデイビス・リミエール。君の祖父殿だ」
「は?」
「家出した娘の子である貴女に会えて、とても喜んでいたよ」
カーラの母の話は、どうやら嘘だったらしい。
その後訪ねた祖父母の話によれば、家は没落などしておらず、母は駆け落ちしたことで勘当されていたらしい。
母は永遠の夢見る少女であると同時に、強情かつ自分勝手な性格で、実家にカーラを引き渡すことも、自分が連れ戻されることもがんと拒否して逃げたのだそうだ。今は海の向こうで、例の吟遊詩人、もとい、元某貴族の三男である男性と幸せに暮らしているという。
長年寝込んでいたという祖母は、ベッドからカーラを抱きしめ涙を流した。
「淋しい思いをさせたわね。でもおばあ様が、自分が一緒にいるから手を出すなとおっしゃって、ずっと我慢していたのよ」
「おばあさま?」
「ええ。亡くなったベルおばあ様。貴女と一緒にいてくれたでしょう?」
祖母にもベルが見えていたらしい。
カーラは知らなかったが、ベルはあちこち飛び回っていたし、なんとテオとの出会いも、舞踏会での様子もばっちり目撃していたそうだ。
「本当は年が明けて貴女が成人した時に、この家に迎えられるよう計画していたの」
「そうなんですか?」
「ええ、もちろん。でもね、貴女と結婚したいという方にせかされて、少し早くなったのよ」
そう言って「ふふっ」と笑う祖母の顔は、どこかベルに似ている。
「おじい様だけ、先にあなたと会えてうらやましかったわ」
「おばあ様……」
はじめて会った気がしないせいか、自然とそう呼べたカーラに、またもや祖母は泣きながら笑った。
その後リミエール家に入ったカーラは一年後、テオを婿として迎えることになる。
もちろん結婚式にはベルもこっそり参列していた。
「ねえテオ様。いつからわたくしのことを?」
「貴女がモップと踊っていたあの日にね、私の心臓は撃ち抜かれたんだよ。貴女を手に入れるためになんでもない顔を続けるのは、相当骨が折れたよ。愛しいカーラ」
終



