◆
実は世話係のメイドとしてテオの担当になる前に、カーラはテオと出会っていた。
ベルの子孫だからだろうか。踊ることが好きなカーラは、休憩時間などに隠れて、一人でこっそり踊っていることがある。
ベルに習っているときもそうなのだが、相手がいるダンスの練習の時は、モップをパートナーに見立てて踊るのだ。ベルに触れることはできないから。
カーラは磨く仕事も得意なので、モップを持っていることはむしろ自然で目立たない。誰もいない部屋や奥まった廊下で、時々こっそり踊っていたのだが、そんな現場をテオに見られてしまったことがあるのだ。
クスクスと笑う声も、細められた目も優しく、遊んでいたメイドを咎める色は全くない。
「上手だね。私が相手を務めようか?」
どこまで本気なのか、手を差し伸べてきた若い紳士に一瞬見惚れたカーラは、状況に気づいて慌てて顔を伏せた。
(いけない。休憩時間とはいえ、こんなところをお客様にみつかるなんて)
そのまま「失礼しました」と立ち去ったから、多分顔はたいして見られていないだろう。それでも内心冷や汗ものだったのは確かだ。
その直後にテオの世話係を命じられて顔を合わせたのだけれど、彼がカーラに気づいた素振りも、執事やメイド長に報告した様子もなかったのでホッとした。一介のメイドなど記憶にとどめることもないのだろう。
◆
「まあ、いい経験だったよ」
冷静を装って、なんでもないことのように舞踏会でのことをベルに話して聞かせる。それでもテオとのことを伏せてしまったのは、もう二度とない宝物を閉じ込めたかった――そんな想いからだったのかもしれない。
だから次の朝早く。
小さな花束を持ったテオが、カーラの自宅に訪れることになるなんて想像さえもしなかったし、彼の求婚の言葉を聞いてとっさに
(メイドのスカウト?)
などと考えてしまったのも、たぶんカーラのせいではないだろう。
「テオ様。状況がよくわからないのですが、わたくしをテオ様の奥様になられる方の侍女にしてくださる――という意味で、よろしいのでしょうか?」
カーラと踊った後に素敵な出会いがあったのだと考えると、胸が引き裂かれたように痛むけれど……。
「ちがう。そうではなくて……。ああ、最初から丁寧に説明をした方がよさそうだ。まず昨夜、貴女と踊った男は私でね。きっちり三曲、踊っただろう? いささか強引だった自覚はあるけれど、どうしてもそうしたかったんだよ、カーラ」
テオは相手がカーラだと気づいていたことに唖然とし、次いで三曲続けて踊る意味を思い出して呆然とする。
(彼と、結婚の約束をしてしまった……? いえ、あれは仮面舞踏会。相手が分からないからこその……。え? ちょっと待って。今カーラって呼んだ? ええっ?)
「驚いたかい? カーラ・リミエール」
「でもテオ様。私は一介のメイドです」
リミエールは母方の姓で、カーラの本名だ。
助けを求めて奥の方を見れば、ベルが面白そうにニヤニヤと見物しているのが目に入る。
(ベルさん助けてよ! テオ様、絶対何か勘違いされてるから!)
ベルが怪奇現象の一つでも起こせば、きっとテオは驚いて立ち去るだろう。
でもベルはカーラを叱るように、口だけで「めっ」と言い、
「いい男じゃない。しっかり話を聞いてあげるのよ。あなたが知らないこともぜーんぶね」
と意味深に笑って消えてしまった。
(ベルさん、絶対面白がってる)
実は世話係のメイドとしてテオの担当になる前に、カーラはテオと出会っていた。
ベルの子孫だからだろうか。踊ることが好きなカーラは、休憩時間などに隠れて、一人でこっそり踊っていることがある。
ベルに習っているときもそうなのだが、相手がいるダンスの練習の時は、モップをパートナーに見立てて踊るのだ。ベルに触れることはできないから。
カーラは磨く仕事も得意なので、モップを持っていることはむしろ自然で目立たない。誰もいない部屋や奥まった廊下で、時々こっそり踊っていたのだが、そんな現場をテオに見られてしまったことがあるのだ。
クスクスと笑う声も、細められた目も優しく、遊んでいたメイドを咎める色は全くない。
「上手だね。私が相手を務めようか?」
どこまで本気なのか、手を差し伸べてきた若い紳士に一瞬見惚れたカーラは、状況に気づいて慌てて顔を伏せた。
(いけない。休憩時間とはいえ、こんなところをお客様にみつかるなんて)
そのまま「失礼しました」と立ち去ったから、多分顔はたいして見られていないだろう。それでも内心冷や汗ものだったのは確かだ。
その直後にテオの世話係を命じられて顔を合わせたのだけれど、彼がカーラに気づいた素振りも、執事やメイド長に報告した様子もなかったのでホッとした。一介のメイドなど記憶にとどめることもないのだろう。
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「まあ、いい経験だったよ」
冷静を装って、なんでもないことのように舞踏会でのことをベルに話して聞かせる。それでもテオとのことを伏せてしまったのは、もう二度とない宝物を閉じ込めたかった――そんな想いからだったのかもしれない。
だから次の朝早く。
小さな花束を持ったテオが、カーラの自宅に訪れることになるなんて想像さえもしなかったし、彼の求婚の言葉を聞いてとっさに
(メイドのスカウト?)
などと考えてしまったのも、たぶんカーラのせいではないだろう。
「テオ様。状況がよくわからないのですが、わたくしをテオ様の奥様になられる方の侍女にしてくださる――という意味で、よろしいのでしょうか?」
カーラと踊った後に素敵な出会いがあったのだと考えると、胸が引き裂かれたように痛むけれど……。
「ちがう。そうではなくて……。ああ、最初から丁寧に説明をした方がよさそうだ。まず昨夜、貴女と踊った男は私でね。きっちり三曲、踊っただろう? いささか強引だった自覚はあるけれど、どうしてもそうしたかったんだよ、カーラ」
テオは相手がカーラだと気づいていたことに唖然とし、次いで三曲続けて踊る意味を思い出して呆然とする。
(彼と、結婚の約束をしてしまった……? いえ、あれは仮面舞踏会。相手が分からないからこその……。え? ちょっと待って。今カーラって呼んだ? ええっ?)
「驚いたかい? カーラ・リミエール」
「でもテオ様。私は一介のメイドです」
リミエールは母方の姓で、カーラの本名だ。
助けを求めて奥の方を見れば、ベルが面白そうにニヤニヤと見物しているのが目に入る。
(ベルさん助けてよ! テオ様、絶対何か勘違いされてるから!)
ベルが怪奇現象の一つでも起こせば、きっとテオは驚いて立ち去るだろう。
でもベルはカーラを叱るように、口だけで「めっ」と言い、
「いい男じゃない。しっかり話を聞いてあげるのよ。あなたが知らないこともぜーんぶね」
と意味深に笑って消えてしまった。
(ベルさん、絶対面白がってる)



