そしてベルはどこで知ったのか、生地はいいけれど時代遅れだったドレスを、今時のデザインに直す手助けをしてくれる。物を動かすことはできるけど、縫物まではできないので、それはすべてカーラがした。出来は最高で、舞踏会でもまったく見劣りしなかった。
ただ他の令嬢と違うのは、表向きカーラは、城の下働きとして出入りしたことくらいか。
本当にどこで知ったのか、亡くなった祖父の古い友人だというスミス氏が、何かと手伝ってくれたのも意味が分からない。
とはいえ、ベルの近くにいるとこんな感じのことが多いので、もう慣れた。というか、考えるのをやめた。だって、悩んだり考えたりする時間が無駄だってわかったから。
城に入ってからは、すぐにスミス氏が見つけてくれ、彼のエスコートで会場入りした。入場した後は
「楽しんできなさい」
と背中を押されたので、本当に一緒に入ってくれただけ。
スミス氏を目で追うと、知り合いらしき人たちと歓談を始めたので、ベルは軽く一礼して舞踏会場に入っていった。
◆
舞踏会が開かれていたのは大きな青の広間だ。
慣例にのっとって進行するそれに、カーラが招待客として参加するのはもちろん初めてだ。しかし以前、手伝いに駆り出された小さな舞踏会にメイドとして参加したことがあったカーラは、なんでもないふりをして令嬢令息の輪に混ざった。
(お互い誰が誰だかわからないしね)
緊張しなかったと言ったら嘘になるけれど、むしろいたずらしているような、わくわくした気持ちのほうが大きかった。
我ながら度胸があると思わなくもないけれど、たぶんこれもベルの血だろう。
カーラは王族の前でさえ踊りを披露したことがある、美しい舞姫の子孫なのだから。
最初は独身の男女がそれぞれ一列に並んで向き合って、優雅に体を揺らすようなダンス。そのあと男女一組ずつのダンスになる。
今回は第一王子の伴侶探しとも噂されていて、「見た目に左右されず、運命の相手を探すんですって」とご令嬢方が楽しそうに噂をしていた。
実際、仮面をつけていても目立つ第一王子は、ずっと一人の女性と踊っていたから、きっとあの女性を見染めたのだろう。そう思うと、そんな現場を間近で見られたことは幸運だったなどと思うのだ。
ただし、カーラをずっと誘ってくるテオがいなければ……。
カーラは彼が誰かはすぐわかった。顔を半分覆い隠す仮面でも、優しい茶色の目はキラキラしているし、楽しそうな口元も以前見たことがあった。
伯爵家のメイドたちがこれを見たら、悲鳴を上げて喜んだだろう。
(いつにも増して素敵だわ。普段もこんな風に笑ってればいいのに)
でもカーラは最後まで名乗らなかった。名乗れるわけがない。
それでもテオの機嫌が良さそうなのは、カーラをどこかの令嬢だと思い込んでるからだ。だからこそ、せっかくの出会いの場を邪魔してはいけないと、カーラは頑張って彼から離れようとした。
でもダメだった――。
「貴女と過ごす幸運を、この哀れな男に与えては下さいませんか」
「哀れだなんて、そんな。――ほら、あちらにも素敵なご令嬢がいらっしゃいましてよ」
「待って、行かないでくれ。私は今夜、貴女と過ごしたいのです。ダメかい?」
手を取られ、手袋越しでもわかる彼の熱と、カーラに向けられる切ないほどの眼差しに負けてしまった。
仕方なく一曲だけ付き合うつもりが、続けて三曲踊ることになってしまい、そのあとはテオ自ら食事を運んでくれるので一緒に食べた。バルコニーで少し話しをして、最後に金平糖をくれた人。
ドキドキしたのは場の雰囲気のせい。
胸が痛かったのはきっと、罪悪感のせいだ。
色々な色の金平糖を一粒口にし、その甘さに口角が上がったカーラを見てテオが微笑んだのを思い出し、シシッとその光景を振り払う。
(普段と違う笑顔だったわ。あの時みたいに……)
テオは普段から柔和な笑顔を絶やさない人だ。
でもそれは、彼が意識的にしていることにカーラは気づいていた。
ただ他の令嬢と違うのは、表向きカーラは、城の下働きとして出入りしたことくらいか。
本当にどこで知ったのか、亡くなった祖父の古い友人だというスミス氏が、何かと手伝ってくれたのも意味が分からない。
とはいえ、ベルの近くにいるとこんな感じのことが多いので、もう慣れた。というか、考えるのをやめた。だって、悩んだり考えたりする時間が無駄だってわかったから。
城に入ってからは、すぐにスミス氏が見つけてくれ、彼のエスコートで会場入りした。入場した後は
「楽しんできなさい」
と背中を押されたので、本当に一緒に入ってくれただけ。
スミス氏を目で追うと、知り合いらしき人たちと歓談を始めたので、ベルは軽く一礼して舞踏会場に入っていった。
◆
舞踏会が開かれていたのは大きな青の広間だ。
慣例にのっとって進行するそれに、カーラが招待客として参加するのはもちろん初めてだ。しかし以前、手伝いに駆り出された小さな舞踏会にメイドとして参加したことがあったカーラは、なんでもないふりをして令嬢令息の輪に混ざった。
(お互い誰が誰だかわからないしね)
緊張しなかったと言ったら嘘になるけれど、むしろいたずらしているような、わくわくした気持ちのほうが大きかった。
我ながら度胸があると思わなくもないけれど、たぶんこれもベルの血だろう。
カーラは王族の前でさえ踊りを披露したことがある、美しい舞姫の子孫なのだから。
最初は独身の男女がそれぞれ一列に並んで向き合って、優雅に体を揺らすようなダンス。そのあと男女一組ずつのダンスになる。
今回は第一王子の伴侶探しとも噂されていて、「見た目に左右されず、運命の相手を探すんですって」とご令嬢方が楽しそうに噂をしていた。
実際、仮面をつけていても目立つ第一王子は、ずっと一人の女性と踊っていたから、きっとあの女性を見染めたのだろう。そう思うと、そんな現場を間近で見られたことは幸運だったなどと思うのだ。
ただし、カーラをずっと誘ってくるテオがいなければ……。
カーラは彼が誰かはすぐわかった。顔を半分覆い隠す仮面でも、優しい茶色の目はキラキラしているし、楽しそうな口元も以前見たことがあった。
伯爵家のメイドたちがこれを見たら、悲鳴を上げて喜んだだろう。
(いつにも増して素敵だわ。普段もこんな風に笑ってればいいのに)
でもカーラは最後まで名乗らなかった。名乗れるわけがない。
それでもテオの機嫌が良さそうなのは、カーラをどこかの令嬢だと思い込んでるからだ。だからこそ、せっかくの出会いの場を邪魔してはいけないと、カーラは頑張って彼から離れようとした。
でもダメだった――。
「貴女と過ごす幸運を、この哀れな男に与えては下さいませんか」
「哀れだなんて、そんな。――ほら、あちらにも素敵なご令嬢がいらっしゃいましてよ」
「待って、行かないでくれ。私は今夜、貴女と過ごしたいのです。ダメかい?」
手を取られ、手袋越しでもわかる彼の熱と、カーラに向けられる切ないほどの眼差しに負けてしまった。
仕方なく一曲だけ付き合うつもりが、続けて三曲踊ることになってしまい、そのあとはテオ自ら食事を運んでくれるので一緒に食べた。バルコニーで少し話しをして、最後に金平糖をくれた人。
ドキドキしたのは場の雰囲気のせい。
胸が痛かったのはきっと、罪悪感のせいだ。
色々な色の金平糖を一粒口にし、その甘さに口角が上がったカーラを見てテオが微笑んだのを思い出し、シシッとその光景を振り払う。
(普段と違う笑顔だったわ。あの時みたいに……)
テオは普段から柔和な笑顔を絶やさない人だ。
でもそれは、彼が意識的にしていることにカーラは気づいていた。



