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今は一人で暮らし、メイドの仕事などで生計を立てているカーラだが、世が世なら貴族のお嬢様だったらしい。
らしいというのは、カーラ自身よく知らないからだ。
母の話では、祖父の代に家は没落したという。
それまで蝶よ花よと育てられた母は、屋敷に出入りしていた商人だった父と結婚した。二人はもともと駆け落ちを考えるくらいの恋人だったらしいから、没落はある意味好機だったのだろう。
だがお嬢様育ちの母に、慣れない庶民の暮らしはつらかったようだ。
しかもカーラが生まれてすぐに父が事故で亡くなり、母も母なりに頑張ったものの、カーラが十歳の時に失踪してしまった。
新しい愛に生きることにしたとの書置きを残して。
(いつかはやると思ったのよ)
書置きを見て最初に思ったことがそれだ。
どこかさめた娘だったカーラは、
「住むところはあるし、なんとかなるでしょう」
と肩をすくめ、ポールの母たちを仰天させたものだ。
とはいえカーラにとっては、生活のすべを教えてくれたポールの母をはじめとした、ご近所おば様集団のほうが母親のようなものだったのだ。カーラ自身は自分が母の子だと言うよりも、夢見る少女のような母のことを、自分が面倒をみていると思っていたのだから。
失踪前にこの小さな家の権利をカーラに移してくれたのは、母の恋人だろう。
見目麗しい吟遊詩人だったけど、カーラの勘では、彼はもともといいところの出身だろうと思っていた。どこか母と同じ匂いがする男だったし、所作にも品があったからだ。
ただ放浪癖があると自分でも言っていたから、家も勘当されたんだろうなと、当時生意気にもそんなことを考えていた。たぶん間違いないだろうと今でも思っている。
そんな男に母がどこまでついていけるかはわからない。でも七年たった今も特に知らせがないので、元気にやっているとカーラは思っている。
一人ぼっちになり、母のいない家で黙々と片づけをしていたとき、物置で鍵のついた衣装箱を見つけた。凝った彫刻が施されたそれは、舞姫だった先祖のものだと聞かされていた。鍵がカラクリになっていて誰も開け方を知らないそれは、必要な時に開くと言われていたものだ。
「お母さん、これは置いていったんだ」
事実、開かない衣装箱など持って行っても仕方がないだろう。
そうは思っても、お伽噺のように話してくれた母の声を思い出し、少しだけ泣いたカーラの前に現れたのがベルだった。
「あなた、だれ?」
とっさに幽霊だと思ったのに怖くなかったのは、彼女がどこか母に面影が似ていたからだ。それもそのはず。ベルはカーラの祖母のそのまた祖母、つまりこの衣装箱の持ち主である舞姫その人だったのだ。
その後ベルが見えるのはカーラだけだということは分かったけど、同居人ができたことをカーラは心から喜んだ。



