恋ってなんだろう?

 恋ってなんだろう。

 好きな相手がいる子はキラキラして見える。
 「自分を好きになってもらおう」「振り向いて貰いたい」「私を見て欲しい」。
 そういった思いで変わろうとする女の子は沢山いる。本当にすごい!

 私の周りの子には付き合っている子もいて、私はいつも話を聞いてばかり。

 桜野遥香(さくらの はるか)十三歳。
 中学二年生になった今も、恋を知りません。

「どうしたら、好きな人って出来るのかな」

 私にも、好きになって付き合いたいって想える男のが現れるのかな……。

 桜の花びらが舞う新学期。
 私は昇降口前で、そんな事を考えていた。

「遥香〜」
「あっ、佳奈ちゃん」

 外の方から手をあげて走ってくる女の子が私の名前を呼んだ。
 藤村佳奈(ふじむら かな)ちゃん。小学校から一緒で、家も近所。中学校も同じで毎日一緒にいる私の親友。
 スラっとしたスタイルで。子どもの頃は同じくらいの背だったのに、あっという間に抜かされちゃって大人らしくて密かに憧れていた。

「はぁ、はぁ、ごめんね遥香。ちょっと寝坊しちゃって」
「ううん、大丈夫だよ」

 息を切らせ謝る佳奈ちゃんに私はハンドタオルを手渡した。

「はい、これ使って」
「さすが遥香! ありがとう」
「夜はまだ涼しいけど、今朝は暖かいもんね」
「本当だよ〜。あっ、そういえばクラス分けもう見た?」
「うん、今年も一緒だったね。去年と同じ三組」
「遥香、またこれから一年よろしくね!」
「こちらこそ」

 私たちはぎゅっと握手をする。
 これも、毎年の恒例。佳奈ちゃんと出会ってから一度もクラスは離れた事がない。
 運がいいからなのか、日頃の行いからなのかはわからないけど、神様には感謝してばかりだ。

「今年こそ、好きな人。できるといいね!」
「う、うん」

 私は昔から本を読むのが好きで、その中でも恋愛小説が大好きだった。
 だから、子供の頃から恋愛にはずっと憧れていて中学生に上がったら男の子とお付き合いするのが夢だった。
 でも、小学校の頃も、今もまだ好きな人が出来たことがない。

 そんな私の事を知る佳奈ちゃんは、いつも応援してくれるけど。本当に私に恋愛なんて出来るのかな。

「そういえば、岬くんも同じクラスだったね」
「う、うん」
「良かったね!」
「ありがとう。遥香」

 岬くんは去年から同じクラスだった陸上部の男の子。
 小学校は別で中学校からの知り合いだけど、そんな彼のことが佳奈ちゃんは好きなのだ。

 照れてる佳奈ちゃん、すごく可愛い。
 いいなぁ。好きな人がいるってどんな気持ちなのかな。

「ねぇ、佳奈ちゃんは好きな人が出来た時はどんな感じだったの?」
「えっ! どうしたの急に⁉︎」

 教室に向かう途中、私は佳奈ちゃんに聞いた。

「ちょっと気になって、今後の参考にしたくて」
「うーん、最初は普通の友達だったんだけど、だんだん相手のことを目で追うようになって…」
「うんうん」
「いつのまにか、その人のばかり考えるようになって。気がついたら好きになってる。そんな感じかな」

 顔を赤くして答えてくれる佳奈ちゃん。

「佳奈ちゃん。可愛い」
「も、もう! 恥ずかしい事思い出させないでよ! とりあえず、こういうのは理屈じゃないと私は思うよ」
「そっかぁ」

 人を好きになるのって、やっぱり考えると難しい。

「それより遥香。うちのクラスの他のメンバー見た?」
「うん、他の仲が良かった子達とはバラバラになっちゃったね」
「それもそうだけど、あたしが言ってるのは男子の方だよ」
「男の子?」

 昇降口前に張り出されていたクラス分け表。
 私は自分と佳奈ちゃん、同じクラスだった友達以外の名前はあまり注意してみてなかったな。

「誰か知ってる人いたの?」
「ほら、長谷川くん。長谷川蓮くんと同じクラスなんだよあたしたち!」
「長谷川蓮くんって、元々一組だった?」
「そうそう」

 私たちの学年では一番目立つと呼ばれるメンバー。その中の一人で、一番人気が高いのが長谷川蓮くん。
 クラスが違かったから、接点はないけど話はよく聞くから名前は知ってる。

「でも、佳奈ちゃんは岬くんが好きなんだよね」
「そうだけど! あたしじゃなくて遥香だよ!」
「私?」

 喋ったこともないし、私の事も認識すらしてないと思うんだけど。

「あれだけかっこいい人と同じクラスだったら、遥香も意識するようになるかもしれないじゃん!」
「え! そ、そうかな」

 そうか、佳奈ちゃんは私が恋をする機会かもと思ってくれるのかもしれない。
 確かに、長谷川くんはかっこいいし目立つから意識する女の子たちは多いみたいだけど。

 私もその子たちみたいにドキドキしたりするのかな。

「あっ、ほらもう来てるよ」

 教室に入ると空気が変わった感じがした。
 クラスにいた女の子たちは、みんな同じ方を向いている。

「蓮くんと同じクラスなんて幸せすぎ!」
「ね、行事とかすごく楽しみ!」
「友達になれるかなぁ」
「もう見てるだけで目の保養だよねー」

 そんな女子たちの声が周りから聞こえてきた。
 黒板の近い前の席に座っているのが、長谷川蓮くん。
 普段からクールな大人っぽい面持ちで、それでいてスポーツも万能。体育祭の時も一年生の頃は大活躍だった。
 楽しそうに談笑する彼以外にも二人の男の子が彼を囲んで何やらお喋りをしているみたいだった。

「うわぁ、やっぱり目立ってるねー。他のクラス子たちまで見に来てるよ」

 私たちが入ってきた後ろの入り口とは逆の黒板側の入り口の方では中に入ろうとはせずに、見守る女の子たちがいた。

「本当に人気なんだね」
「そうだよ。って、遥香は何とも思わないの?」
「…えーと」
「まぁ、確かにかっこいいと好きになるのは別だよね。あたしもそうだし」

 もしかしたら、これから先で好きになる事もあるかもしれないけど今は何も感じなかった。

「蓮くんの友達ってレベル高いよね。篠宮くんとかさ」
「あー、そうだね。でも、私は断然長谷川くん派かな」
「私も〜。篠宮くんはどっちかっていうと綺麗系じゃない?」
「確かに、顔はいいけど背も低いし見た目も女の子って感じ。かっこいいって感じはしないよね」
「名前も、咲夜だしね」

 篠宮くん…?
 背が低いって言われてたけど。あの人かな。

 はにかむ笑顔で席に座る長谷川くんに話しかけている黒髪の男の子。
 あの三人のグループの中では一番背が低く見える。私と同じくらいかな?
 でも、人を見た目や名前だけで判断するのは失礼な気もするけどな。

「遥香、席の場所黒板に張り出されてるみたいだから見に行こ」
「あっ、うん」

 私たちは、すでにいくつかのグループで喋っている人たちの間を抜けて黒板の方へ向かった。

「蓮、今日学校午前中だけだし。昼飯食い行かない?」
「ん、いいよ。田中は?」
「まじかー。俺今日彼女とデートだわ」

 長谷川くんたちの近くを通るとそんな会話が聞こえてきた。
 わっ、長谷川くん。声も大人っぽいな。もう声変わりとかしてるのかな。
 女の子たちに人気があるのも分かるかも。

「じゃあ、決まりで。俺朝礼前にちょっとトイレ行ってくる」
「あ、まて咲夜!」
「え」
「きゃっ……!」

 私の肩に誰かがぶつかった。

「っ! …っと」

 バランスを崩して倒れそうになりかけた私の手首を誰かが掴んだ。

「遥香! 大丈夫!?」

 はっと顔をあげると私を心配そうに見る佳奈ちゃん。それともう一人。
 あ……、篠宮くん。

 先程聞こえてきた会話に出てきた篠宮くんが私の手首を掴んで支えてくれていた。

「ごめん、よそ見してた!」

 そっと手を離されて、私は自分の足でしっかりと立つ。
 本当に綺麗、整った顔立ちをしていて髪もさらさらだ。それと、柔軟剤かな制服のワイシャツのあたりからふわっと良い香りがする。

 でも、私を支えてくれていた手からは確かな男の子らしい力強さを感じた。
 そんな彼と私の目が合う。

「咲夜。ちゃんと前見ないとだろ」
「うん、本当ごめんね。怪我とかしてない?」
「う、うん、大丈夫。平気だよ」
「そっか、よかった。じゃあ」
 
 それから、篠宮くんは私の隣を通って廊下の方へ出て行く。
 私は、掴まれていた手首に触れる。
 男の子に触れられるなんて思わなくて、ちょっとびっくりしちゃった。

「ごめんね。あいつ結構子供っぽいところあるから」
「あっ、本当に大丈夫…です。ありがとう」

 長谷川くんにも心配の声をかけられて、私は佳奈ちゃんと黒板の方へ。

「びっくりしたねー」
「私も不注意だったし」
「遥香は悪くないじゃん。もう、相変わらずお人好しなんだから」
「あはは」
「でも、私は遥香のそんな所も好きだけどね」
「ありがとう」

 黒板に貼られた座席表に目を通す。

「あっ、あたし後ろの方だ。遥香は…」
「私は真ん中の辺り。五十音順だから離れちゃったね」
「休み時間、遥香の席に遊びに行くね」
「うん、私も行く」

 そんな約束をして私たちは自分たちの席へと着いた。
 そういえば、私の後ろの席。篠宮くんだった。
 友達になれるかな。
 私は、ついさっきのことを思い出す。

 ……トクンッ。

 篠宮くん。ぶつかった時に私が倒れないように手を取ってくれたんだよね。
 女の子たちは綺麗系って言ってたけど、さっきの彼はかっこよく見えたけどな。