両親にはとても言えないが、私はずっと恋愛に憧れを抱いて生きてきた。
心から相手のことが好きで、相手も心なら自分のことを愛してくれる。
そんな素敵な奇跡は誰のものであっても守りたい。海里に心から愛する人ができたなら、それを邪魔する人間にはなりたくないってずっと思っていた。
……それなのに。
「あ、そうだ海里さん!先日の葉月さんの演奏会行かれましたか?」
「ああ、はい。招待していただいて」
「ええ、それなら招待席でお聴きになられていたり……?」
「はい。とても素敵な演奏会でしたね」
「まあ、羨ましいです。私は申し込みが遅くて後ろの席しか取れなくて……」
私の知らない話をしているのがイヤ。
笑顔を見せるのがイヤ。
優しい声色で会話をするのがイヤ。
なんでか、海里がこの子と話をするの……——
すっごくイヤ。
このままここに居れば発狂してしまいそう。そんなことをすれば、益々まりなさんへの劣等感が増してしまう。
残りわずかになっていたグラスを一気に飲み干した。飲み物を取りに行く程でこの場を離れるためだ。
そんな風に気を遣わなくても、誰も私がいなくなったことなんか気づかないだろう。そう思ったのだが……
「……っ、」
「……南萌?」
一歩踏み出してすぐ、腕を掴まれて動きを止められた。
ギクリと心臓が唸るのに、私の存在を忘れないでいてくれたことに少し高揚したりもする。やっぱり、今の私は情緒がおかしい。
「あの……飲み物が、なくなったから」
「あ、そう。じゃあ俺も行く」
「いや、海里は……」
「婚約者ひとりにさせるわけにいかないだろ」
「……」
私の夢を阻む【婚約者】という言葉にずっと苦しめられてきた。
でも今、初めて【婚約者】という言葉に救われた気がした。


