「南萌、キスしていい?」
「……っ、」
真っ向から尋ねられれば困ってしまう。「いいよ」なんて口が裂けても言えない。でも、「いいわけないでしょ」って言ったら……してもらえない。
自分の中の葛藤が衝撃的だった。少し前の私なら“絶対NG”の一択だったはずなのに。
こんなの、私が海里とキスしたいと思っているみたいじゃ……——
「……んー、やっぱ、綺麗に化粧してるからやめとく」
「え?」
ぶにっと頬を控えめに潰してから、急な方針転換で遠のいていく手。
さっと体を起こして後ろに立った彼をポカンと見上げれば、何事もなかったような顔で見返された。
「化粧崩れてでもしたい?南萌がしたいならするよ、俺」
「……」
私に選択権を渡すなんて、ずるい男。冷静さを取り戻しつつある今、こんな風に聞かれれば、私が口にする答えなんて決まってる。
「……するわけないでしょ。私からしたくなることなんて……一生ないから」
「……」
パッと目を逸らして言えば、少しの間のあと「へぇ、あっそ」と興味なさげな声が戻ってきた。
「じゃ、そろそろ間に合わなくなるから行くぞ。準備できてんだろ?」
「え?……ああ、うん」
さっきまでうざいほどに絡んできた奴とは思えない、あっさりとした対応。
私を置いて部屋を出ていく海里の背中を見つめながら、海面に落とされた一滴の絵の具の如く、僅かな不安が胸に混ざり込んだ気がした。


