「本当、仕方ないやつ」
「……」
フッと降ってきた小さな笑い声に胸がくすぐったく疼いた。
馬鹿にされた。ムカつく。でも、彼の首元から漂う上品で爽やかな香水の香りが妙に好みだ。
「……あんたが婚約者じゃなきゃよかったのに」
「……」
——……あんたじゃなかったら、きっとこんな苦しい思いはしなかった。
朦朧とする思考。雲の上を歩くような浮遊感。ギリギリのところで繋ぎ止めていた感情が、無意識下で口から飛び出していく。
消えゆく意識のなか、最後に見た海里の顔は何故だか悔しそうで。
それはずっと見たかった表情のはずなのに、実際に見るとこちらの胸もギュッと悲しくなった。
「こんなになるまで頑張るなよ、馬鹿」
「……うぅ、」
「悪いけど……俺は、お前でよかったよ」
「……」
小さく囁かれた彼の声が耳に届くより早く……私は意識を手放した。


