タイピングを2時間ほど通して終わると、さっきのコーヒーはすっかり冷え切っていて、マスターが私服に着替え、「それじゃ、店じまいよろしく」と言って店を後にした。
ローズはパソコンを閉じ、冷めたコーヒーを飲み干すと、「それじゃ、今日はもう帰ろうかしらと言って、テーブルにコーヒー代580円を置いて店を出た。
そして誰もいなくなった店内で、僕はさっきローズが座っていた場所に座り、自分でコーヒーを淹れた。
それを一口飲んで、文庫本を開く。フランツ・カフカの『城』だ。
カフカを勧めてくれたのは、ローズだった。
「カフカはいいわよ。今のあなたにピッタリな気がする」
もうずいぶん昔の話だ。



