文化祭まであと一週間。

 学校中が全力でその2日間に向けて動いている様子というのは、中学校の時には味わえなかった感覚だ。何もかもが大変だけど楽しくて仕方ない。時間が過ぎるのも忘れて準備に没頭していると、いつの間にか下校を促すアナウンスが校内に流れてきた。



「下校時間になりました。各学級は文化祭の準備をやめて、下校しましょう。繰り返します……」



 この一週間は部活動も休止して、先輩たちは普段時間が取れないバンド練習をしている人も多い。「受験生なのに大丈夫なんすか?」って聞いたら、「だから心置きなく受験に向かうためにやるんだよ!」だってさ。一応、うち進学校なんだけど?間に合うのかな?間に合わせるんだろうなぁ。


「おーい、帰ろーや」
「そうだな、早く教室出ないと生徒会からペナくらうし、急ごっか」
「ねぇ、明日は何時に出てくる?」
「早く来たいけど、バスの時間が……」

 階段を下りながらそんな話をしつつ昇降口で靴を履き替えていると、一緒に準備をしていた真美(マミ)が声をかけてきた。

「あ、そうだ。ねぇ、今日チャリで来たんでしょ?家まで送ってってよ」
「は?ちょい待ち。オマエん()反対方向だろ?」
「2ケツしたらいいじゃん!」
「女の子が『ケツ』とか言うんじゃありませんっ!しかも見つかったら罰金だぞ?」
「ダイジョブダイジョブ!もう暗いから!」
「……罰金ワリカンだったらいいぞ?」
「えー?」
「『えー?』じゃねーよ!しかも坂をそれで登れと?」
「そこは根性で。ね?」
「根性だけで全ては解決しねーよっ!」


 コイツ、性格はカラッとしてるし、決して悪いヤツではない。それどころか男女を問わずに人気があるくらいなんだけど、そのせいで……


「えー?送ってあげないの?」
「真美、カワイソー」
「おまえ……ないわー」
「どーせオマエ今ヒマだろー?」


 ……これだよ。
 取り巻きがうるせえな!
 ハイハイ! 
 わかったよ わかりましたよ!



「頑張れ真美ー!」
「ありがとー!」

……解せぬ。頑張るのは俺なんだけど?

「よーしれっつごー!」
「……足おっぴろげて座るか?」
「だって安定しないし」
「はいはい、そーですねー」




∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵


 それにしてもなんだってわざわざ逆方向の俺に頼むかなあ?自転車乗って来てんの俺だけだったっけか?テキトーに捕まえやすいヤツ捕まえただけだろ?「ほらガンバレー!」あぁもう!坂キチィな!歩いちゃダメ?

「ねぇ?ところでカノジョっているの?」
「いや、この前フラれたばっか」

 せっかく文化祭の準備で紛らわしてたのに思い出させるなよ!こっちは坂のぼるので必死なんですけどぉー!?

「ふーん……あーそーなんだぁ」
「なんだよ?」
「あのさ」
「なん、で、す、か…ね…?」

 お?ようやく登り終わったか。
 こっからはなだらかな坂だ。

「坂降るからつかまっとけよ?危ないぞ?」
「うん、わかった」

 ……いや、そこまでギュっと捕まらなくてもいいんだが?
 
 なるべくスピードが上がらないように調整しながら坂を降る。それでも風切り音が耳の横で鳴って少し周りの音が聞こえにくい。

「ねえ?」
「あー!?」
「カノジョいないんでしょー?」
「さっき言った通りだよ!悪かったなぁー!」

 だから何でお前は傷をわざわざ抉るような……

「だったら………」
「はいー?聞こえないんだけどー?」
「もう!ちょっと止めろぉー!」

 なんなんだよもう!
 坂道でいきなりブレーキはあぶねーんだぞ?
 ほら「慣性の法則」で背中に顔めり込んでるじゃねーか。

「ったく、なんだよ?顔大丈夫か?」
「……じゃ、ダメ?」
「はい?顔離して話さないと聞こえな…」




「私じゃ、だめ?」



 ……はい?

 ……あ。

 あー……つながった。
 だから「頑張れ」か……


 真美は背中に顔を押し付けたままなので、様子は分からない。けど、少し震えているのは分かる。いつものあの勢いはどこにいったのやら。

……やれやれ。ちょっと反則だよなぁ。


「おい。ちょっと手ぇ離せ」
「……ヤダ。顔見られたくない」
「じゃあそのままでいいか……あのさ、今の俺の状況分かってるよな?」
「……うん。でも我慢できなくなっちゃった」
「と言われてもなあ……」
「……やっぱ、ダメ?」

 俺は少し頭をかいて、上向いて、下向いて、考える……ふりをする。こーいうのの返事はなかなか言いづらい。こっちとしても結構構えなきゃいけないんだよ。


「まだ完全に吹っ切れたわけじゃないんだ。だから……」

 俺は強引に真美の手をふりほどく。
 真美の顔は真っ赤になって今にも泣きそうだ。
 そんな顔してくれるなよ。
 言いづらいじゃないか。






「責任取って忘れさせてくれ。よろしくな?」

「─────!!任せて!」

「じゃあ、家まで送るよほら早く乗れ」

「うん!よろしく!」


とりあえず、あと少しの道のりだけど捕まらないようにしないと。
最初の日の思い出が「罰金の日」なんて嫌だからな。









【注】
 2人乗りは道交法違反です。