エレベーターは3階で止まると、ゆっくりと扉が開き、篠宮さんは"開"ボタンを押して、わたしを先に降ろしてくれた。
ちょっとした事だが、篠宮さんの紳士的な仕草に好印象を抱く。
それなのに、わたしときたら···鍵を忘れて恥ずかしい姿を見せてしまい、何とも情けない気持ちになってしまった。
「土曜日もお仕事なんて大変ですね。」
「いやいや、そんな事ないですよ。元々、仕事人間なので。それに、こうして桐島さんのお役に立てる事が出来ましたから!」
そう言って明るく振る舞う篠宮さんに、わたしの胸はときめいてしまう。
男性への免疫があまり無いわたしは、こんな些細な事で動揺してしまい、(しっかりしろ!)と心の中で自分に喝を入れた。
「今日は、本当に助かりました。ありがとうございました!」
お互いに自分の部屋の前まで来ると、わたしはそう言って、篠宮さんに頭を下げた。
篠宮さんは微笑みながら「いえいえ!」と言い、それからわたしたちは「それじゃあ。」と言ってそれぞれの家へと入った。
玄関に入りドアが閉まると、わたしはドアに背を付け深く息を吐いた。
(緊張したぁ······)
そう思って胸をなで下ろし、ムートンブーツを脱ぐと、首に巻いたマフラーを片手で解きながらリビングへと向かう。
コートを脱ぎ、腕捲くりをしたわたしは、そのままキッチンへと入った。
買って来た食材を冷蔵庫へとしまい、今日の昼夜兼用の食事に使う食材だけを用意したわたしはキッチンに立つと、お米を研いで炊飯器にセットし、ご飯が炊きあがるまでの間に野菜炒めと豚汁を作った。
引っ越しやら異動やらで慌ただしかった為、ここ最近は外食やコンビニ弁当で済ませる事が多く、ちゃんと自炊するのは久しぶりな気がした。
そして、夕飯にしては早めの時間に食事を済ませたわたしは、食器を洗い、洗濯機に洗う洋服を入れて"スタート"のボタンを押すと、「よしっ。」と独り言を言って腰を手を当てた。
それから寝室に向かったわたしは、部屋の隅に置きっぱなしになっている段ボールに視線を向ける。
(そろそろ片付けないとね。)
そう思い、わたしは段ボールの傍まで歩み寄ると、膝をついて床に座り、まだ片付けていなかった段ボールを開けた。
中に入っているのは、捨てられずにずっと仕舞い込んでいた思い出の品ばかり。
孤児院から桐島家へ引き取られる前日、孤児院でわたしに懐いてくれていた女の子がプレゼントしてくれた手のひらサイズのウサギのぬいぐるみに、子どもの頃によく読んでいた本や孤児院で開いてもらった誕生日会で貰ったプレゼントたち。
それから···―――
「あっ···これ······」
段ボールの底から出てきたのは、水色の封筒。
わたしはそれに手を伸ばすと、しばらく放置されてひんやりとした封筒を久しぶりに手に取った。
そこには、バランスが崩れた"桐島夏妃(きりしま なつひ)様"と書かれた文字が並んでおり、お世辞にも綺麗とは言えないその文字を懐かしさから指でなぞった。
そして、封筒を裏返してみると、差出人のところには"ジュリア"と書かれていた。



