ストーブのスイッチを押したわたしは、部屋着の上からニットのカーディガンを羽織り、珈琲メーカーでカフェラテを淹れた。
ソファーに一人座り、マグカップを両手で包み込むように持ちながら、熱いカフェラテにそっと口をつける。
カフェラテの熱さが喉を通り胃に落ちていくのが分かり、空腹の胃がギュルギュルと音を立てた。
(何となく、お腹空いたなぁ······)
わたしは、空腹を満たせるような固形物が家に無い事を知りつつも、キッチンへ向かい二段式の冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫の中に入っていたのは、"ドール"という珈琲ショップで売っているパンダの絵が特徴的な紙パックに入った杏仁豆腐と、500mlペットボトルのほうじ茶だけだった。
(買い物行かなきゃ。)
そう思い、わたしは冷蔵庫を閉めると、寝室へ向かい部屋着から黒いパーカーにデニムというラフな服装に着替えた。
そこにグレーのロングコートを羽織り、首にマフラーを巻く。
寝癖で毛先が跳ねた髪は、キャップを被って誤魔化した。
小柄な斜め掛けバッグには財布だけを入れ、スマホにはお留守番していてもらい、外出したくないと渋る気持ちを引き摺りながら、ショートのムートンブーツを履いて寒空の下へと出た。
歩道には新しい雪が積もっており、踏み締める度にギュッギュッと雪が音を立てる。
口元はマフラーで隠し、寒さで悴む両手はポケットの中に忍ばせた。
一人で歩いていると、なぜかやたらとカップルや家族連れが自然と目についてしまい、なんだか虚しい気持ちになった。
(わたしも、悠史とあんな事が無ければ······)
笑い合う家族連れの微笑ましい光景を見て、そんな事を考えてしまう。
自分から別れを選び、未練なんて無いと思っていたはずなのに、悠史の事を考えてしまう自分が嫌で仕方なかった。
自宅マンションから徒歩10分先にあるスーパーに到着したわたしは、土日の献立を考えながら食材を買い物カゴに入れていった。
自然と目に入るのは、悠史が好きだった物ばかり。
自分がこれまで、どれだけ悠史を中心に生活をしていたのかを思い知らされた。
そして買い物が終わり、2日分の食料が入ったエコバッグを持ちながら今来た道を戻って帰宅を目指すわたしだったが、マンションの目の前である重大な事に気付いてしまった。
「あっ···、嘘でしょ?鍵忘れた···?」
いくらショルダーバッグの中を探しても、コートのポケットの中に手を入れても、自宅の鍵は見つからなかった。
それもそのはず···鍵を持った記憶もないからだ。
「どうしよう······」
そう呟き、マンションのエントランス前で立ち尽くすわたし。
このマンションはオートロックがついており、鍵がないとエントランスの扉を開ける事が出来ないのだ。
(管理会社に電話するしかない?って、スマホも置いて来たんだった!)
自分のあまりの抜け具合に絶望ながら、冷たい風に身を縮める。
すると、誰かのギュッギュッという雪を踏み締める音が近付き聞こえてきた。
「あのぉ···どうしたんですか?」
背後から聞こえた突然の声に驚いたわたしは、反射的に後ろを振り返った。
そこに立っていたのはセンターで分けた黒髪を風に揺らし、黒いコートに身を包んだ長身の男性だった。



