初恋のジュリア


「気が紛れてって···何かあったんですか?」

そう言って、心配そうにわたしの顔を覗き込む福永さん。

わたしはその問いに答えようか迷いつつも、今まで話せる人が居なかった寂しさから、つい悠史の事を話してしまった。
真剣な表情でわたしの話を聞いてくれる福永さんは、わたしが話し終わるまで相槌を打ちながら、話を遮る事なく聞き入ってくれた。

「それで、この支店に異動して来たんです······。そんな理由で異動願出すなんて、情けないですよね。」

笑って誤魔化しながらわたしがそう言うと、福永さんは「そんな事ないよ。」と言って、首を横に振った。

「5年も付き合ったのに···わたしは彼の何を見てきたんだろうって、自分の見る目の無さにも呆れました。それとも、わたしが彼に期待し過ぎてたんですかね。何が正解なのか···よく分からなくなりました。」

わたしがそう言って視線を落とすと、福永さんは「んー···」と唸りながらも自分の言葉で話し始めた。

「でも、もし桐島さんが我慢して、いつかその彼と結婚したとしても···ただ先延ばしになっただけで同じ結果になったんじゃないかな。結婚しても、自分の大切なパートナーより元カノを優先するような人は家族を持つべきじゃないと思う。何が大切なのか···最後までそれに彼が気付けてなかったなら、尚更ね。」

福永さんの優しい言葉にわたしの気持ちはゆっくりと解れていく。

"これで良かったんだ"と思いたい気持ちと"本当に良かったのか?わたしが我儘なだけ?"と自分を責める気持ちもあり、ずっとモヤモヤしていたからだ。

福永さんは「桐島さんは、もっと自分を大切にした方がいいですよ。凄く疲れた顔をしてる。」と言い、切なく微笑んだ。

「自分を、大切に···ですかぁ。」
「桐島さん、自分に厳しいんじゃないですか?たまには甘やかしてあげないと。って事で、今日はもう帰りましょう!」

そう言って、福永さんはわたしが開いていたファイルを閉じた。

「これ、急ぎの仕事じゃないですよね?もしかしたら、"誰か"が急かすような事を言ったのかもしれないけど。今の桐島さんに必要なのは休息です。」

福永さんは強い口調でそう言ったが、思いやりのある言葉にわたしは微笑むと、「はい。」と返事をした。

それから福永さんはわたしのデスクに積み重なっていたファイルを持ち上げると、資料が綴じてあるファイルがたくさん並んだ棚へと戻して行った。
事務所の壁掛け時計は、いつの間にか20時07分を差しており、福永さんと共に会社を出たわたしは、「お疲れ様でした。」と言って、車通勤の福永さんと別れて帰路についた。

(寒っ···お腹空いたなぁ。牛丼でも食べて帰ろうかな。)

積もる雪を踏み締めながら帰宅する途中に牛丼屋が目に入ったわたしは、仕事帰りに一人で立ち寄っているのであろうサラリーマンたちばかりの牛丼屋に入り、カウンター席でチーズ牛丼を食した。