その日の帰り、時刻は19時を回っていた。
お互いにあの頃の"ジュリア"と"なつひ"である事を認識したわたしたちは、何とももどかしい雰囲気の中、むず痒い会話をして過ごした。
「また、会ってくれますか?」
帰り際、不安そうにそう尋ねる篠宮さんの言葉に、わたしは微笑みを添えて「はい、もちろん。」と答えた。
篠宮さんが話してくれた"初恋相手"の話が自分だと知った上で、これまで通り"また会えるのか"を確認する事は、わたしたちにとっては重要な事だった。
それは、篠宮さんが"初恋相手を忘れられない"と言った事と、わたしが"心の支えだった"と言った事に関係している。
ハッキリと明確な告白の言葉を口にした訳ではないが、お互いにそれと近いものを感じ、その上でこれまで通り会うという事がどういう事なのかを確認したかったのだ。
「それじゃあ、また。」
「それじゃあ···、おやすみなさい。」
「おやすみなさい、また連絡します。」
そう言って別れ、隣の自分の家に帰宅したわたしは、一気に夢から現実へと引き戻された気分になっま。
(わたし、夢みてた?)
そう思い、わざと自分の頬をつねるような事をしてみる。
痛みを伴い、夢ではない事を認識したわたしだったが、まだ信じられない気持ちでいっぱいだった。
その後、何だか頭の中がボーッとしてしまい、お風呂でぼんやりとして2時間も過ごしてしまったわたしは、夜もなかなか眠れず、頭の中には先程までの篠宮さんと過ごした時間が浮かんでは、繰り返し再生されていた。
「―――···まさん?あのぉ、桐島さん?」
その呼び声にハッとし、我に返る。
わたしが慌てて見上げると、そこには心配そうな表情を浮かべる福永さんの姿があった。
「大丈夫ですか?」
「あ!ご、ごめんなさい!」
わたしの慌てように笑う福永さんは、「珍しいですね。桐島さんがぼんやりしてるなんて。」と言った。
「本当にすいません······」
「何かありましたか?」
「いえ、何でもありません。本当に申し訳ありません。」
わたしがそう言い頭を下げると、福永さんは穏やかな口調で「何でもないならいいんですけどね。」と言い、それから手に持っていた資料をわたしに差し出した。
「これ、確認終わりました。このまま進めて大丈夫ですよ。」
わたしは福永さんから資料を受け取ると、「分かりました。ありがとうございます。」と言い、福永さんは「じゃあ、よろしくお願いします。」と言って自分のデスクへと戻って行った。
(あー、仕事中にぼんやりするなんて······)
どうも気が抜けている自分に呆れて、ついつい溜め息が零れてしまう。
篠宮さんがジュリアだと分かったあの日から一週間が過ぎたというのに、わたしの頭には相変わらず篠宮さんが棲み着いていた。
今日は火曜日、時刻は17時45分。
もうすぐ定時の18時だ。
わたしはこれから新たな業務を始めるにはキリが悪くなると思い、明日へ持ち越す事にし、ゆっくりと帰宅に向けて片付けを始めていった。
そして18時になると、5分前から帰る支度を始めていた人たちが「お疲れ様でーす!」と言いながら、早々に帰宅して行く。
わたしも後に続き会社を出ると、徐々に雪が溶け始め、地面が顔を出している道に一歩踏み出し、ショートブーツのヒールの音を鳴らした。
すると···―――
「夏妃!」
わたしの名前を呼ぶ声が聞こえ、わたしは足を止めた。
(えっ?)
何となく聞き覚えのあるその声にわたしが振り向くと、そこには髪の毛はボサボサで頬がコケた悠史の姿があった。



