初恋のジュリア


「えっ······」

その瞬間からわたしの思考は停止し、静けさの中に"シーン"という音がずっと鳴り響いていた。

(桐島、夏妃って···え、わたし?え?)

どう反応したら良いのか考えられる程の余裕もなく、ただ呆然と瞬きを繰り返すだけのわたし。
篠宮さんはそんなわたしを見て、切なげに微笑んだ。

「俺、"ジュリア"です。覚えてますか?」

その名前を聞いた瞬間、鼻の奥がツーンと痛くなり、次第に溢れ出す涙をわたしは静かに流していた。
わたしは篠宮さんの言葉にコクリと小さく頷くと、夢にも思わなかったジュリアとの再会に自然と笑みが溢れ、喜びを隠し切れずに両手で顔を覆った。

「信じられない······」
「ですよね。俺も最初は、信じられませんでした。」

わたしは顔を覆った手を下げると、篠宮さんを見て「いつから気付いてたんですか?」と言った。

「桐島さんが引っ越して来て、うちに挨拶をしに来てくれた時からです。"桐島夏妃"って名前を聞いて、嘘だろ?!って。最初は同姓同名だよなって、自分に言い聞かせようとしましたけどね。」

篠宮さんはそう言って、「ははっ」と笑うと、微かに耳を赤く染めていた。

「でもそれ以来、ずっと気になっちゃって。そしたら、ある日の土曜日、仕事から帰って来たら、エントランス前に桐島さんが立っていて、思い切って声を掛けました。」
「あ···鍵忘れて入れなかった時ですね。」

情けない姿をジュリアに見られてしまったんだと思うと、わたしはあの時の恥ずかしさよりも穴があったら入りたいくらい赤面していた。

「はい。あの瞬間、なぜか確信を持てちゃったんですよね。顔も見た事がないはずなのに、不思議ですけど。その日から、どうにか会う機会を作りたくて、杏仁豆腐を買って持って行ったんですよ。あの頃の記憶を頼りに、確か杏仁豆腐好きって言ってたよなぁ〜って思い出して。」

その言葉を聞き、わたしは疑問に感じた答えを見つけられた気がした。

(だからなんだ。どうして杏仁豆腐なんだろう?と思ってたけど···わたしの好きなものを覚えててくれたから······)

「あの後、桐島さんが肉じゃがを持って来てくれたのは予想外だったので、凄い嬉しかったです。また仲良くなれるチャンスだ!って思って、夕飯に誘って···今思えば、俺めちゃくちゃ馴れ馴れしい奴ですよね!」

そう言って苦笑いする篠宮さんに向かい、わたしは「そんな事ないですよ。」と言った。
今こうして、ジュリアに再会出来たのは、篠宮さんの行動があったからだ。

「あの日は、どうにか俺の事を思い出してくれないかな〜って思って、自分の事を話しました。桐島さんが"ジュリア"のタペストリーに触れてくれた時は、此処ぞとばかりに語りましたしね!」
「あの瞬間、わたしも"まさか"とは思いましたよ。でも、勘違いだって自分に言い聞かせました。違った時の事を考えたら怖くて···、あの頃のわたしにとって、ジュリアは心の支えでしたから。」

篠宮さんの真っ直ぐな気持ちに引っ張られてか、わたしまで自然と思うままに言葉を口にしていた。
篠宮さんは「俺にとってもそうでしたよ。」と言うと、優しい瞳でわたしを見つめた。