―――悠史と別れてから、2カ月が経った。
一人寂しく特別何も無い年越しをしたわたしは、あれから悠史が不在の時間帯を狙い、同棲していたマンションにひっそり訪れると、置き去りになっていた私物を急いで持ち出し、悠史から遠ざかる為に区を跨いで引っ越しをした。
会社には異動願を出し、他支店へと異動させてもらい、会社で会う事も無くなった。
これで悠史と接点は無くなる。
そう安心していたのだが、毎日のように悠史から復縁を求めるLINEが届き、あまりのしつこさにLINEはブロック、着信拒否設定もした。
(しばらく、恋はしなくていいなぁ。)
恋愛に疲れてしまったわたしはそう思い、仕事に集中し気を紛らわせる事にしたのだった。
そんなある日の金曜日。
18時という定時が過ぎ、静かになった社内に響くキーボードの音。
わたしは薄暗く寂しさが漂う会社に一人残り、残業をしていた。
お昼休憩もまともに取れず、渇いた喉に空腹でグルグル鳴るお腹が集中を切らしていく。
わたしは思わずキーボードを叩く手を止め、自分のお腹に手を当てた。
(さすがにお腹空いたなぁ······)
すると、フワッと珈琲の香ばしい香りが漂った。
「お疲れ様です。」
その珈琲の香りと共に聞こえた優しい声にふと横を見上げると、そこには同じ課の福永(ふくなが)さんが穏やかな表情で立っていた。
「あ、お疲れ様です。」
「今日も残業、大変ですね。良かったら飲んでください。」
そう言って、福永さんはわたしのデスクにコンビニで淹れて来てくれたのであろう珈琲カップを置いた。
「カフェラテなんですけど、飲めますか?」
「はい、ありがとうございます。カフェラテ大好きです!」
わたしがそう言うと、福永さんは優しく微笑み「良かった。」と言って、わたしの隣のデスクにある椅子を引き、腰を掛けた。
福永さんはわたしが異動して来た初日に社内を案内してくれた人だ。
眼鏡を掛けた真面目そうな男性で、柔らかく穏やかな印象があり、年齢は30代前半のように見える。
主任職に就いていて、異動して来たばかりでまだ環境に馴染めずにいるわたしをいつも気に掛けてくれる存在なのだ。
「桐島さん、異動して来たばかりなのに、残業多いですよね?まさか、誰かに仕事押し付けられてませんか?」
心配そうにそう言う福永さんは、わたしのデスクに積み上げられたファイルに視線を移した。
実は福永さんの指摘は当たっていて、異動して来てから深川(ふかがわ)さんという勤続年数が長い···―――いわゆる"お局様"に大量の業務を押し付けられているのだ。
しかし、この支店では一番の新人である事に変わり無いわたしは、平気な振りをして微笑むと「大丈夫ですよ。忙しい方が気が紛れて丁度良いくらいですから。」と言った。



