初恋のジュリア


その後、篠宮さんにお礼を言い、また次の土曜日の約束をして帰宅して来たわたしだったが、最後の方は正直どんな顔でどんな態度で篠宮さんに接していたか覚えていない。

それは篠宮さんの名前が"いとせ"だと知り、気になって仕方なかったからだ。

(どういう事?わたしは篠宮さんの下の名前を今日初めて知った。元々、知り合いに"いとせ"という名前の人が居るわけでもない。夢って、記憶の整理でみるものだって聞いた事あるけど、初めて聞く名前が出てくる事はないはずなのに······)

そんな事を考えながら、わたしは温かい湯船に浸かり、バスルームの壁を見上げていた。

(次の土曜日は、何作って持って行こうかな。何がいいか、篠宮さんに聞けば良かった。)

気付けば、考える事は篠宮さんの事ばかり。
自分の夢に篠宮さんの名前が出てきた謎、次の土曜日に作る料理について、そして···―――

(篠宮さんの家にあったタペストリー···、あれが"ジュリア"なんだ。ゲームにハマってた当時の年齢は、確か14歳って言ってた。それと、篠宮さんも孤児院出身って言ってたよね。こんな偶然って、ある?)

ジュリアに対する記憶と被る篠宮さんの情報。
心のどこかで「まさか」という気持ちはあったが、ジュリアの事を思い出したこのタイミングで、そんな都合よく再会出来るわけがない。

ただの偶然···―――

期待してはいけないと自分に言い聞かせるわたし。
だって、期待して違った時のショックが怖いから···、もうあの時の絶望を味わいたくない。

もう何も失いたくない。
家族も恋人も、淡い恋心も···わたしにあるのは、仕事だけ。
ただそれだけがあれば、生きていける。

呪文のように繰り返し思っては、誰かと向き合う事からただ逃げているだけの自分を肯定し、バリアを張った心を保とうとしていたのだった。