「もう、限界なの······」

冷たい夜風が肌を刺す11月の終わり。
わたしは、5年付き合った恋人の忍野悠史(おしの ゆうじ)に別れを告げた。

「え···な、何で?!俺は別れたくないよ!」

帰宅直後でスーツ姿の悠史は、そう言ってわたしの腕を強く掴んだ。

「じゃあ、何でいつもわたしより、瞳(ひとみ)さんを優先するの?」
「そ、そんなつもりはないよ!」
「現に今日だって、わたしがご飯を作って待ってるのを分かっていながら、瞳さんに会いに行ったじゃない。」
「それは、遥斗(はると)が会いたいって言ったからで······」

悠史はそう言い訳をして、わたしから目を逸らした。

"瞳さん"とは、近所に住む悠史の幼馴染の女性の事で、10代の頃にお付き合いをしていた時期がある元カノらしい。
"遥斗"は、その瞳さんのお子さんの名前。
瞳さんはシングルマザーなのだ。

「そんなに瞳さんと遥斗くんが大事なら、瞳さんと結婚すればいいじゃない。」

わたしはそう言うと、悠史の手を振り払い、寝室へと向かった。

「ちょ、ちょっと待てよ!瞳はただの友達だって何回も言っただろ?!俺が結婚したいのは、夏妃(なつひ)だって!」

そう言いながら、わたしの後をついて来る悠史。
しかし、悠史の言葉は少しもわたしの心に響かなかった。

「なぁ、夏妃。考え直してくれよ。頼むよぉ。」

寝室でキャリーバッグに服を詰め込んでいくわたしの後ろで必死に訴える悠史だったが、わたしは一切耳を貸さなかった。

今までどれだけわたしが訴えてきても、悠史は真剣に話を聞こうとはしてくれず、いつも笑って流してきた。
わたしの話は聞かずに、自分の話を聞いて欲しいだなんて虫が良すぎるというものだ。

「それじゃあ、5年間ありがとう。さようなら。」

家を出る準備が整ったわたしはそう言って、悠史と暮らしたマンションを後にした。
玄関までついて来てわたしを引き止めようとした悠史だったが、諦めたのか本気にしていないのか、それ以上ついて来る事はなかった。

外へ出ると、寒さのせいか夜空が澄んで綺麗に見えた。
吐いた溜め息は白く、浮かんでは空へ消えていった。

(また、独りかぁ······)

そう思いながら、わたしは首に巻いたマフラーで口元を隠した。

悠史となら、温かい家庭を築けるかもしれない。
そう思って同棲を始めたのだが、その期待は意図も簡単に裏切られてしまった。

わたしはキャリーバッグを引きながら、広い道路へ出てタクシーを拾い、今夜宿泊出来るホテルを探しに夜の街へ向かったのだった···――――