「わぁ~!きれい!!」

眼下にニューヨークのきれいな夜景が広がる。
ロックフェラーセンターーーセントラルパークの少し南に位置する高層ビル。そこの70階にある展望フロアに来ている。
ニューヨークのビル群や街並みが一望でき、今は夜景の時間帯のため、車のヘッドライトも相まってあたり一面キラキラしている。

「本当に宝石箱みたいですね!」
「宝石箱……」
「あっ……作家の方からしたら陳腐な表現ですかね。お恥ずかしい……」
「いや、ごめん。可愛い表現するなって思って。男はなかなかそういう言葉出てこないから。あと、作家だからって壁を作るのは禁止です」

ズシッと温かみのあるチョップが頭に落ちてきた。
顔を見合わせて笑い合う、楽しいな。

改めて目の前の夜景に視線を戻す。遠くの方まで見えて色々なことを考える。
あっちの方はなんという場所なんだろうとか、昨日まで日本にいたけれどここではこうやってニューヨークの時間が動いていて……あの海のずっとずっと先には日本まで繋がっていて、そこではまた日本での時間が動いていて……

1週間後にはまた日本に戻って、この景色とも街ともお別れ。日本に帰りたくないわけではないし、私が抱えている悩みなんて小さなことなんだろうなと思いつつも、鼻の奥の方がツンとしてくる。

「紡ちゃん?大丈夫?」

柔らかい声がして現実に戻ってきたとき、涙が一粒こぼれ落ちてしまった。
しまった!と思ったけれど、柊さんはジッと私を見ている。

「聞いてもいい?その涙の理由は、1人でニューヨークに来たことと関係ある?」
「え?」
「詮索したいわけでもないし、無理に聞き出したいわけでもない。だけど、もし何か抱え込んでいるなら……会ったばかりで深く知らない俺はそれを聞く適任だとも思う」

柊さんの指がこぼれ落ちた涙を掬う。

「傷心旅行……なんです」
「うん」
「会社の……勤めている病院の提携病院がここニューヨークにあって……希望して試験に合格すると、3年間こっちの病院で働けるんです」
「うん」
「この春その3年が始まるつもりでいました。けれど……その試験に合格できなくて……」

口に出し始めると、止まらない。


自分で言うのもなんだけど、これまでの人生はそれなりに順風満帆だった。
高校、大学と志望校に合格し、国家試験も問題なくパスした。就活では第一希望だった今の病院に内定をいただいた。
ニューヨーク勤務の試験に向けても、英語を含めて仕事の合間にそれなりに勉強してきたつもりだった。
自分が希望した道を断たれるのは、初めてと言っていいような経験だった。

英語もペラペラではないけれど、テストでの手ごたえはあった。英語力が足りなくて落ちたとはあまり思えなかった。
合否理由は明かしてもらえない。なにがダメだったのか、自覚や反省ができないのもなかなか未練を断ち切れない理由だ。

ニューヨーク勤務を夢見て努力してきたつもりだったけれど、ダメだった。
もうニューヨーク行けないんだなって思ったら、プライベートで行っておこうって思って有休を使って来た。
きっと人生最初で最後のニューヨーク。だからこそ仕事は忘れて思いっきり楽しみたいって思って。

「けれど……街並みを見ながらも、合格していれば毎日歩けたんだよなとか考えちゃって……こうやってウジウジして感極まって……柊さんにも迷惑かけるくらいなら、来るべきではなかったのかな」

きれいな夜景をバックにしているのに、後ろ向きなことばかり言ってしまう。ダメってわかっているのに止まらない。
そんな時だった。

ぐいっーー

急に柊さんに肩を抱きよせられたと思ったら……
顔が思いっきり近づいて、気づいた時にはキスをしていた。