ーーLadies and gentlemen, welcome to Kennedy International Airport.……

ニューヨークへの玄関口、ジョン・F・ケネディ国際空港へ到着した。うん、英語だ。

結局なんだかんだ言って到着までの間2人で話し続けてしまった。
さすがにパックを剥がしたままのスッピンでニューヨークの地に降り立つわけにもいかないので、お手洗いに行ってサクッとメイクはしたけれど。
看護師として体調不良の人を休ませないのもどうかと思うけれど、私も楽しかったし、恐らく柊さんも楽しそうだった……と思いたいので、あまり考えないことにする。休暇中だしね。
なにより、後ろ向きだった気持ちを忘れられて、心に余裕ができた時間だった。

柊さんと一緒に入国審査場や荷物の受け取りを済ませて、到着ロビーからいよいよ外に出る。
時刻はお昼過ぎ。時差ボケもなくこのまま観光できそうだ。

ふわっと柔らかい風が吹く。
ついに着いたんだな、ニューヨーク。着いたばかりだというのにしみじみしてしまう。
やっぱり東京より寒いけれど、肌に刺さるような寒さではない、心地よい春の風だ。
世間は春休みの季節。ワシントンではテレビで見たことのある有名な桜も咲いている季節だ。
見に行きたいなと思っているけれど、現状この旅はノープラン。果たしてワシントンまで私の拙い英語でたどり着けるのか……

さて、ここで柊さんとはお別れかな。
たった数時間だけど、たまたまフライトで隣の席になって、しかもそれが大ファンの作家さんで。
奇跡的な出会いだったし異国の地というのも相まって、寂しさやちょっと不安もあるけれど、ずっと一緒に居るわけにもいかない。

「じゃあ私は……」
「待って!」
「えっ?」

振り返って挨拶をしようとした時、柊さんに腕をパシッと掴まれた。
柊さんを見ると、少し焦ったような落ち着かないような表情をしている。

「……まだ体調悪いかも」
「なら……市内まで一緒に行きませんか?」

気づいたらそう言葉にしている自分がいた。心配だからが一番の理由だけど、なによりもう少し一緒にいられる理由ができてホッとしている自分もいて驚く。恋愛感情とかではない、異国マジックなのだ。
やっぱり職業病なのか、体調悪い人を放っておくこともできない。恋愛感情とかではない、職業病なのだ。


空港から電車を乗り継いで泊まる予定のホテルに着いた。
乗り換えやここまでの道案内、荷物を預けることから、チェックインまで恥ずかしいながら全て柊さんが流暢な英語でスムーズにやってくれた。しかもアーリーチェックインにまでしてくれたようで。
……すごい、日本語の才能があるだけでなく、英語もペラペラなんだ。

「俺もここに泊まることにしたよ」
「へ?」
「だから夜も送ってこれるし、今から一緒に外ブラブラしない?」
「へっ?」
「さっき興味あるって言ってたブロードウェイのミュージカルのチケットも今取れたから、明日見に行かない?」
「へっっ!?」

私のチェックインの後もホテルのフロントでずっと話しているなとは思ったけれど……突然の情報たちに頭が追い付かない。
今予約取ったの?そもそもホテルも取らずに旅行に来ていたの?
なにより……このまま今日一緒にいるってこと?明日も?

そんな簡単について行っていいのかな。おんぶに抱っこ状態で……でもノープランの一人旅、正直不安でしかなかったからすごくありがたい。うーん……

「俺に申し訳ないとか思ってるでしょ」
「えっ……いやぁ……ははは……」
「わかった、こうしよ。俺とデートしない?」
「……はあ!?」
「恋愛小説の取材だと思って付き合ってよ」

……ずるいなあ。そう言われてしまったら、ファンとしてより良い作品のために協力は惜しみたくないし、断る理由もない。
こうして、ノープランで少し後ろ向きな気持ちだったこの旅行の、今日明日のプランが決まったのだった。


サワサワサワ……
温かい陽の光を浴び、木々の隙間から心地よい風を感じる。

セントラル・パークーー大都市ニューヨークの中央付近に広がる広大な公園。
ホテルを出た後、柊さんの案内で街並みをブラブラ観光しながらここに着いて、柊さんの提案で少し遅いランチとなった。
レジャーシートを広げ、柊さんと私は途中にあったキッチンカーで購入したタコライスを食べながらのんびりしている。
道中の道のりも無駄がなくてスムーズで、キッチンカーやレジャーシートの購入もスムーズで……
柊さん、なんでこんなに詳しいんだろう……

「俺、ここ在住なの」

ジーっと見ていたからか、心の中を読まれてしまった。さすが小説家、観察力が鋭い。

「え!?」
「むしろ知らなかった?隠してるわけではないんだけどね」
「はい……」

ファンとはいえ、作品のファンなので柊さん自身の情報を積極的に得ようとしてはいなかった。
ニューヨーク在住……そりゃこのご時世、どこにいても作家業はできるのかもしれないけれど、まさか国内にいなかったとは……
流暢な英語や街の詳しさにも納得である。
でもなんで……

「刺激的だからね、この街は。ブロードウェイのミュージカルがきっかけだったけど、創作人として魅力があふれてて、どんどんハマっていったよ。父親の転勤で小さい頃は海外を転々としていたから、幸いにも言語の壁に困ることはなかったしね」

うっ、また心を読まれてしまった。
でもなるほど、そんな経緯があったんだ。私が楽しませてもらっている作品の向こうで、それを生み出すためにきっと想像以上の努力や苦悩があったんだろうな。

太陽が傾き、西日となって容赦なく差し込んでくる。
眩しい。けれど、そんな陽の光を感じながらの広大な緑の公園は、もっともっときれいで、ずっとずっとここにいたくなる。
パサッーー
いつの間にか、隣で柊さんが横になっていた。

「気持ちいいよ?」
「えっ、でも……」
「知ってる人誰もいないんだし、気にしなーい」

……確かにそっか。私も思い切って横になってゴロンとしてみる。確かに気持ちいい。
あ、日陰だ……横になると、顔の辺りはちょうど木の陰に入るため、まぶしくない。もしかして、まぶしくないように寝転がってくれたのかな……
緑に囲まれて仕事のことも忘れてのんびり贅沢な時間……最高。目の前をリスが通って更に癒される。
温かさもあり、うとうとしてくる。

「動物、うとうと……不思議の国のアリスも、こんな気持ちだったのかな」
「アリス……それだ!!」

今までの落ち着いた癒しの空間から一転、柊さんが突然飛び上がってバッグからパソコンを取り出す。

「あ、あの……」
カタカタカタカターー

話しかけても全く気付かないほど集中してキーボードを叩いている。完全に柊さんの世界に入っている。
もしかしてこれは……なにか閃いて執筆に集中しているところなのでは!あのドラマとかでよく見るアレなのでは!

だとしたらこんな瞬間を隣で見られるのは貴重だし、もしアイデアが湧いてきて筆が進むなら私も嬉しいな。
やっぱ集中力すごいんだなぁ……私も見習いたい……けどあれ……急に眠気が……


「……ちゃん!紡ちゃん!」

耳元で声がしてハッとする。……あれ、私寝てた?
声がする方を見ると、心配そうな顔で柊さんが話しかけてくれている。

「大丈夫?冷えちゃったよね。ごめん!俺のせいで……」

確かに陽もだいぶ下がっていて、先程までのポカポカ陽気とは違っている。随分長い時間寝てしまっていたんだと反省。
それでも寒くないのは、体にかけられているジャケットのおかげだろう。きっと柊さんがかけてくれたんだろうな。
ようやく思考が追い付いてきて、慌てて起き上がる。

「これのおかげで温かいです。ありがとうございます」
「本当にごめん。俺、入り込むと全く周りが見えなくて1人の世界に入るくせがあって……本当にごめん」
「えー全然いいんですよ、あんなに集中できてむしろかっこいいです。どうですか?執筆は進みました?」
「あ、それはまぁ……うん」
「それならよかったです!むしろ私こそ寝てしまってごめんなさい。柊さんが執筆しているところを間近で見るチャンスだったのになぁ……」

その点は大きな後悔と反省が残る。なんで寝てしまったんだ私。
未だにしょんぼりしている柊さんに、かけてもらったジャケットを返そうとすると、反対に私の肩にかけられてしまった。

「よければ着てて」
「はい……」
「移動しよ。温かいところに入ろう」
「はい……」

あまりにも心配そうに真剣な顔で言うから、素直に受け入れるしかなかった。
移動中、ちょっと照れくさかったので、ごまかすように聞いてみた。

「それで、どんなお話が思いついたんですか?」
「あー、アリスで思いついたんだ!魔法あふれる異世界が舞台で、大時計の示す光に導かれてその世界に引き込まれた子。その子を引き込んだ張本人の魔術師と、元の世界に戻りたくてその人を恨む子。そんな2人が惹かれ合っていく話にしようかと……」

……うん、ちょっとよくわからないというか、これがどんな風に恋愛小説になるのだろうか。それでもきっと出来上がったら、すごく楽しいお話になっているのだろうから、やっぱり文才がとてつもなくある方なんだろうな。
そんな鬼才に凡人はついていけないけれど、嬉しそうに話しているからまぁいっか。

そのまま温かい気持ちで、陽も落ちて冷えてきたニューヨークの街を移動した。