時間は黙っていても過ぎてしまうのに。
私は同じ場所から動くことができない。
声をかけることもできず、遠くから姿を眺めているばかり。
その姿すら、見えなくなってしまう。
それはわかっているのに。
私ったら何をしているんだろう。
憂鬱な気分で地下鉄を降りる。
今日は金曜日。仙崎さんが札幌に帰ってしまう日。
パッと昨日の帰りの光景が頭の中に浮かび上がる。
昨日は定時になると自分の仕事を切り上げた。
仙崎さんは営業の部署に席を移動しているから、私の席じゃ姿を確認することはできない。
そのせいか仕事はどんどん進む。
もしかしたら仙崎さんと帰り道が一緒になったりして。
なーんて都合がいいこと、そうそう起きないよね。
そう思いながら女子ロッカーを出ると。
ちょうど廊下を歩いていた、仙崎さんと鉢合わせした。
「お疲れさまです、東雲さん」
しかも、私の名前を呼んでくれた。
「お疲れさまです」
何か話さなきゃ。頭の中をフル回転させる。
こういうことを想定して話したことをまとめておけばよかった!
仙崎さんとの間に微妙な間ができる。側から見たらどう見ても不自然な硬直だ。
とにかく何か言わなきゃと「あの」と言ったら仙崎さんと声が重なった。
「東雲さんからどうぞ。何かありましたか?」
「いえ、大したことじゃないですけど」
スッと軽く深呼吸をする。そうしないと言葉が出てきそうにない。
「今日はもうお帰りになるんですか」
自分でもびっくりするくらいしょうもないことを聞いたと思っている。
けどこれしか聞くことが思いつかなかった。
「実はこの後、営業部の皆さんが歓迎会をしてくれるみたいで」
何それ、聞いてないんだけど!
詩織、昼休憩の時何も言ってなかったじゃん。
そんな私の心の中が読まれたのか「ついさっき急に決まったことなんです」と仙崎さんはすぐに付け加えてきた。
「僕も明日の昼には札幌に戻らないといけませんから」
「そう、ですもんね」
仙崎さんの口からはっきり言われちゃうと現実味が帯びてくる。
この声を聞ける時間だって限られているんだ。
仙崎さんが札幌に戻るの、寂しいです。
そう言いたかった。
けど私のそんな思いが言葉になることはない。
帰る準備をしている人たちが続々と廊下を通る。
通行人の邪魔にならないよう廊下の端に移動する。
意図していないのに仙崎さんと私の距離が近づいていく。
やだ、こんなに近づいたら緊張しちゃう。
近くで見たら、仙崎さんってやっぱり爽やかでカッコいいな。
「歓迎会、楽しんできてくださいね」
「ありがとう、東雲さん」
一日仕事をして疲れているはずなのに、仙崎さんの笑顔はこの時間でも眩しかった。
「さっき、仙崎さんも何か言いかけてませんでした?」
「あっ……」
そう言うと仙崎さんは何かを探すように視線を右往左往させた。
「何でもないです。気にしないで」
後ろから詩織たち営業部の人たちの姿が見えた。
そこで私と仙崎さんの会話は終わってしまった。
あの表情、何か言いたいことがありそうだったのに。
仙崎さんは何を私に言いたかったのかな。
今度会ったらあの時何を言いたかったのかちゃんと聞いてみたい。
それに今度は何を話すかちゃんと決めてある。
頭の中のシミュレーションはばっちりだ。
昨日みたいに帰りの通路でばったり会うなんてシチュエーションは今日は起きない。
仙崎さんと会える明日は来ないんだから。
もう見過ごすわけにはいかない。
少しでも多く、仙崎さんとの時間が欲しい。
仙崎さんと仲良くなったところで、どうにかなれるわけじゃないってことはわかっている。
札幌と東京。同じ会社なのに、その距離はどこまでも遠い。
それでも、仙崎さんが私の推しであることは変わらない。
この階段を上がって外に出たら、仙崎さんが歩いているかも。
そのあるかどうかもわからない微かな希望が私を動かすエネルギーになる。
太陽の光が眩しいくらいに注いでいる。その中をたくさんの人たちが忙しなく歩いている。
必死で当たりを見渡す。いない。仙崎さんの姿が見当たらない。
今日は準備に時間がかかって前に会った時より一本遅い電車になってしまった。
この前会えたのは奇跡みたいな偶然だったんだ。
チャンスはそう何度も訪れない。目の前にあるときに掴まないとすぐにいなくなってしまう。
そういう大事なことはいつだって過ぎてから気がつくんだよね。
何度探しても仙崎さんの姿は見えなかった。
私は同じ場所から動くことができない。
声をかけることもできず、遠くから姿を眺めているばかり。
その姿すら、見えなくなってしまう。
それはわかっているのに。
私ったら何をしているんだろう。
憂鬱な気分で地下鉄を降りる。
今日は金曜日。仙崎さんが札幌に帰ってしまう日。
パッと昨日の帰りの光景が頭の中に浮かび上がる。
昨日は定時になると自分の仕事を切り上げた。
仙崎さんは営業の部署に席を移動しているから、私の席じゃ姿を確認することはできない。
そのせいか仕事はどんどん進む。
もしかしたら仙崎さんと帰り道が一緒になったりして。
なーんて都合がいいこと、そうそう起きないよね。
そう思いながら女子ロッカーを出ると。
ちょうど廊下を歩いていた、仙崎さんと鉢合わせした。
「お疲れさまです、東雲さん」
しかも、私の名前を呼んでくれた。
「お疲れさまです」
何か話さなきゃ。頭の中をフル回転させる。
こういうことを想定して話したことをまとめておけばよかった!
仙崎さんとの間に微妙な間ができる。側から見たらどう見ても不自然な硬直だ。
とにかく何か言わなきゃと「あの」と言ったら仙崎さんと声が重なった。
「東雲さんからどうぞ。何かありましたか?」
「いえ、大したことじゃないですけど」
スッと軽く深呼吸をする。そうしないと言葉が出てきそうにない。
「今日はもうお帰りになるんですか」
自分でもびっくりするくらいしょうもないことを聞いたと思っている。
けどこれしか聞くことが思いつかなかった。
「実はこの後、営業部の皆さんが歓迎会をしてくれるみたいで」
何それ、聞いてないんだけど!
詩織、昼休憩の時何も言ってなかったじゃん。
そんな私の心の中が読まれたのか「ついさっき急に決まったことなんです」と仙崎さんはすぐに付け加えてきた。
「僕も明日の昼には札幌に戻らないといけませんから」
「そう、ですもんね」
仙崎さんの口からはっきり言われちゃうと現実味が帯びてくる。
この声を聞ける時間だって限られているんだ。
仙崎さんが札幌に戻るの、寂しいです。
そう言いたかった。
けど私のそんな思いが言葉になることはない。
帰る準備をしている人たちが続々と廊下を通る。
通行人の邪魔にならないよう廊下の端に移動する。
意図していないのに仙崎さんと私の距離が近づいていく。
やだ、こんなに近づいたら緊張しちゃう。
近くで見たら、仙崎さんってやっぱり爽やかでカッコいいな。
「歓迎会、楽しんできてくださいね」
「ありがとう、東雲さん」
一日仕事をして疲れているはずなのに、仙崎さんの笑顔はこの時間でも眩しかった。
「さっき、仙崎さんも何か言いかけてませんでした?」
「あっ……」
そう言うと仙崎さんは何かを探すように視線を右往左往させた。
「何でもないです。気にしないで」
後ろから詩織たち営業部の人たちの姿が見えた。
そこで私と仙崎さんの会話は終わってしまった。
あの表情、何か言いたいことがありそうだったのに。
仙崎さんは何を私に言いたかったのかな。
今度会ったらあの時何を言いたかったのかちゃんと聞いてみたい。
それに今度は何を話すかちゃんと決めてある。
頭の中のシミュレーションはばっちりだ。
昨日みたいに帰りの通路でばったり会うなんてシチュエーションは今日は起きない。
仙崎さんと会える明日は来ないんだから。
もう見過ごすわけにはいかない。
少しでも多く、仙崎さんとの時間が欲しい。
仙崎さんと仲良くなったところで、どうにかなれるわけじゃないってことはわかっている。
札幌と東京。同じ会社なのに、その距離はどこまでも遠い。
それでも、仙崎さんが私の推しであることは変わらない。
この階段を上がって外に出たら、仙崎さんが歩いているかも。
そのあるかどうかもわからない微かな希望が私を動かすエネルギーになる。
太陽の光が眩しいくらいに注いでいる。その中をたくさんの人たちが忙しなく歩いている。
必死で当たりを見渡す。いない。仙崎さんの姿が見当たらない。
今日は準備に時間がかかって前に会った時より一本遅い電車になってしまった。
この前会えたのは奇跡みたいな偶然だったんだ。
チャンスはそう何度も訪れない。目の前にあるときに掴まないとすぐにいなくなってしまう。
そういう大事なことはいつだって過ぎてから気がつくんだよね。
何度探しても仙崎さんの姿は見えなかった。



