「恵莉奈、何かいいことあった?」
昼休憩、詩織と食堂でいつものように社食を食べていると不意に言われた。
思わず食べていたミートソースのパスタがむせそうになる。
「な、何もないけど。急にどうしたの?」
「そっかー。恵莉奈って顔に出やすいのにな」
嘘、私顔に出やすいの? 全然知らなかったんですけど。
「……私、そんなにわかりやすい?」
「うん。めっちゃわかりやすいよ」
うわ、急に朝のことが恥ずかしくなってきちゃった。
仙崎さんと話してた私、どんな顔してたんだろう。
デレデレしてたら気持ち悪いよな。
彼女でもなければ、会社の同僚ってわけですらない。私はただの本社の案内人だもん。
くるくるとフォークを回してミートソースのパスタを絡める。
うーん、なかなか上手くいかない。
昔からパスタをフォークに絡めるの上手にできないんだよな。
「あ、恵莉奈が前に話してた仙崎さんとさっき一緒に外回り行ってきたよ」
予期せぬところから豪速球を投げられたみたいに衝撃が走る。
危ない、口に入れてたパスタを吹き出すところだった。
会社でそんなことしたら仙崎さんの印象どころか私の社会人生命が終わりだ。
「ふ、二人で行ってきたの?」
「うん。外回りって行っても店舗巡回だけど」
「どこらへん行ってきたの?」
「新宿とか。あそこなら電車ですぐ行けるしさ」
パパッと頭の中の電卓が計算を弾く。
ここから新宿まで地下鉄が往復で四十分。それに目的地まで歩く時間、店舗を巡回する時間もある。
全部合わせたら今まで私が仙崎さんと話した時間を超えたかも。
あっけらかんと詩織は話を進める。
男女二人で地下鉄乗ってお出かけするってもはやデートじゃん!
いいなあ、羨ましいなあ。
「話してみたら仙崎さんって面白い人だったわ」
ふぁっ! これってもしや恋愛フラグじゃないですか?
「ど、どんなこと話したの?」
「どんなことって仕事のことだよ。札幌の営業のことを話してくれたし、仙崎さんからこっちのこと色々聞かれた。仕事熱心な人でびっくりしちゃった」
な、なんだ仕事の話か。
いや、仕事の話からお互いのことが気になって……なんてこともあるかも。
職種が同じなら同じ話題とか、接する機会があったかもしれないな。
自分が総務部を希望したことを後悔する。いや営業になったところでやっていける自信はこれっぽっちもないんだけど。
「仙崎さんって今年で二十九歳なんだって」
知らなかった。私よりも四歳年上だ。
よくよく思い返せば仙崎さんとは世間話くらいしか話していない。
「前の会社は小売業の営業だったみたい。自分たちの商品を売りたいと思ってメーカーに転職したんだって」
聞いてもいないのに詩織はペラペラと仙崎さんのことを話してくれる。
仙崎さんのことを教えてくれるのがありがたい。
ありがたいけど、聞いているともやっとしてくる部分もある。
私は仙崎さんのことをほとんど知らない。そのことを思い知らされる。
たった一度、一緒に外回りをした詩織の方が仙崎さんのことをよっぽどよく知っている。
「同じ会社でも離れているとわからないもんだよね。まるで別な会社みたい」
詩織が独り言でも呟くみたいに言う。
仕事の話だって頭ではわかっているけど、心にグッと突き刺さるように、痛い。
この研修が終わったら私と仙崎さんが離れ離れになるって、そう言われているみたい。
「仙崎さんもあと二日で帰っちゃうのか。研修もあっという間だよね」
「明後日のこの時間にはもう会社にいないかもしれないもんね」
「え?」
ドキッと心臓が動く。
どういうこと?
研修は金曜日までじゃないの?
「研修の日程早まったの?」
「夕方の飛行機に乗るから、ここを出るのはちょうどそれくらいの時間だよ」
そうだ、移動のことを考えていなかった。
札幌と東京じゃ電車一本で行けるような距離じゃない。
ちゃんと計算すれば簡単にわかるはずなのに。
グッと仙崎さんとの一緒の時間に縮まった気分。
「業界変わって、慣れない環境の中で頑張れるのってすごいよね」
詩織の視線の先を追い、斜め後ろを振り返るとそこには仙崎さんがいた。まるで有名店で食事をするかのように美味しそうに一人で社食を食べている。
言葉にすると改めて実感する。
仙崎さんが東京にいるのは残り二日。このお昼休憩でちょうど折り返しだ。
こうやって遠くからでも仙崎さんの姿を見れる機会もあとわずか。
一週間の半分が過ぎた中で、私と仙崎さんが話をしたのは数分間のこと。
仙崎さんにとっては研修期間の間のほんの些細な出来事。
ドラマだったらこの後、急展開が起こったりする。
けど私はドラマのヒロインじゃない。
このまま何も起きずに残りの時間が過ぎていくだけだ。
きっと札幌に帰ったら私のことなんて忘れちゃうんだろうな……。
「チャンスっていうのは転がっているうちに掴まないと掴めなくなるよ」
ニーッと詩織が私の方を見てほくそ笑んでくる。
「……何の話?」
「別にー?」
すました顔でそう言って、またふふっと笑う。
その顔絶対何かあるでしょ。
まさか、私の気持ちがバレたわけじゃないよね?
「うちの会社は今日もランチが美味しいね。ランチが美味しいのはいい会社だ」
詩織がまた食事に戻る。
私はもう一度さりげなく後ろを振り返ってからランチの続きを食べ始めた。
昼休憩、詩織と食堂でいつものように社食を食べていると不意に言われた。
思わず食べていたミートソースのパスタがむせそうになる。
「な、何もないけど。急にどうしたの?」
「そっかー。恵莉奈って顔に出やすいのにな」
嘘、私顔に出やすいの? 全然知らなかったんですけど。
「……私、そんなにわかりやすい?」
「うん。めっちゃわかりやすいよ」
うわ、急に朝のことが恥ずかしくなってきちゃった。
仙崎さんと話してた私、どんな顔してたんだろう。
デレデレしてたら気持ち悪いよな。
彼女でもなければ、会社の同僚ってわけですらない。私はただの本社の案内人だもん。
くるくるとフォークを回してミートソースのパスタを絡める。
うーん、なかなか上手くいかない。
昔からパスタをフォークに絡めるの上手にできないんだよな。
「あ、恵莉奈が前に話してた仙崎さんとさっき一緒に外回り行ってきたよ」
予期せぬところから豪速球を投げられたみたいに衝撃が走る。
危ない、口に入れてたパスタを吹き出すところだった。
会社でそんなことしたら仙崎さんの印象どころか私の社会人生命が終わりだ。
「ふ、二人で行ってきたの?」
「うん。外回りって行っても店舗巡回だけど」
「どこらへん行ってきたの?」
「新宿とか。あそこなら電車ですぐ行けるしさ」
パパッと頭の中の電卓が計算を弾く。
ここから新宿まで地下鉄が往復で四十分。それに目的地まで歩く時間、店舗を巡回する時間もある。
全部合わせたら今まで私が仙崎さんと話した時間を超えたかも。
あっけらかんと詩織は話を進める。
男女二人で地下鉄乗ってお出かけするってもはやデートじゃん!
いいなあ、羨ましいなあ。
「話してみたら仙崎さんって面白い人だったわ」
ふぁっ! これってもしや恋愛フラグじゃないですか?
「ど、どんなこと話したの?」
「どんなことって仕事のことだよ。札幌の営業のことを話してくれたし、仙崎さんからこっちのこと色々聞かれた。仕事熱心な人でびっくりしちゃった」
な、なんだ仕事の話か。
いや、仕事の話からお互いのことが気になって……なんてこともあるかも。
職種が同じなら同じ話題とか、接する機会があったかもしれないな。
自分が総務部を希望したことを後悔する。いや営業になったところでやっていける自信はこれっぽっちもないんだけど。
「仙崎さんって今年で二十九歳なんだって」
知らなかった。私よりも四歳年上だ。
よくよく思い返せば仙崎さんとは世間話くらいしか話していない。
「前の会社は小売業の営業だったみたい。自分たちの商品を売りたいと思ってメーカーに転職したんだって」
聞いてもいないのに詩織はペラペラと仙崎さんのことを話してくれる。
仙崎さんのことを教えてくれるのがありがたい。
ありがたいけど、聞いているともやっとしてくる部分もある。
私は仙崎さんのことをほとんど知らない。そのことを思い知らされる。
たった一度、一緒に外回りをした詩織の方が仙崎さんのことをよっぽどよく知っている。
「同じ会社でも離れているとわからないもんだよね。まるで別な会社みたい」
詩織が独り言でも呟くみたいに言う。
仕事の話だって頭ではわかっているけど、心にグッと突き刺さるように、痛い。
この研修が終わったら私と仙崎さんが離れ離れになるって、そう言われているみたい。
「仙崎さんもあと二日で帰っちゃうのか。研修もあっという間だよね」
「明後日のこの時間にはもう会社にいないかもしれないもんね」
「え?」
ドキッと心臓が動く。
どういうこと?
研修は金曜日までじゃないの?
「研修の日程早まったの?」
「夕方の飛行機に乗るから、ここを出るのはちょうどそれくらいの時間だよ」
そうだ、移動のことを考えていなかった。
札幌と東京じゃ電車一本で行けるような距離じゃない。
ちゃんと計算すれば簡単にわかるはずなのに。
グッと仙崎さんとの一緒の時間に縮まった気分。
「業界変わって、慣れない環境の中で頑張れるのってすごいよね」
詩織の視線の先を追い、斜め後ろを振り返るとそこには仙崎さんがいた。まるで有名店で食事をするかのように美味しそうに一人で社食を食べている。
言葉にすると改めて実感する。
仙崎さんが東京にいるのは残り二日。このお昼休憩でちょうど折り返しだ。
こうやって遠くからでも仙崎さんの姿を見れる機会もあとわずか。
一週間の半分が過ぎた中で、私と仙崎さんが話をしたのは数分間のこと。
仙崎さんにとっては研修期間の間のほんの些細な出来事。
ドラマだったらこの後、急展開が起こったりする。
けど私はドラマのヒロインじゃない。
このまま何も起きずに残りの時間が過ぎていくだけだ。
きっと札幌に帰ったら私のことなんて忘れちゃうんだろうな……。
「チャンスっていうのは転がっているうちに掴まないと掴めなくなるよ」
ニーッと詩織が私の方を見てほくそ笑んでくる。
「……何の話?」
「別にー?」
すました顔でそう言って、またふふっと笑う。
その顔絶対何かあるでしょ。
まさか、私の気持ちがバレたわけじゃないよね?
「うちの会社は今日もランチが美味しいね。ランチが美味しいのはいい会社だ」
詩織がまた食事に戻る。
私はもう一度さりげなく後ろを振り返ってからランチの続きを食べ始めた。



