水曜日。今日で一週間の折り返し。
いつもだったら水曜日の朝はちょっと気だるくて、でも昼休憩が終われば今週もあと半分だーって気分が晴れるんだけど。
今週はそうじゃない。時間の流れがびっくりするくらい早く感じる。
今日が週の折り返しなんて思えない。まだまだ気分は月曜日の朝って感じ。
残念ながら仕事がノリに乗っているってわけじゃない。
理由はわかっている。仙崎さんと会える時間がどんどん減っていくからだ。
会えると言っても一緒に話たりするわけじゃない。
遠くから姿を眺める、ただそれだけのことだ。
昨日は一言も話せなかった。
朝出社したら座っている仙崎さんを見かけ、昼休憩に食堂で食べているところを見ただけだ。
一日のうちでほんの微かなわずかな時間。
でもその微かな時間が私が今週仕事する大きなエネルギーになっている。
こんなの他の人には言えない。同期で一番仲が良い詩織にだって言えやしない。
札幌から研修に来ている社員が気になるなんて恥ずかしいじゃん。
このままだったらきっと昨日と同じように今日も過ぎてしまう。
そしてそのまま木曜、金曜と続いて仙崎さんは札幌に帰ってしまう。
そしたら私と仙崎さんをつなぐものは無くなってしまう。
いや、元々私と仙崎さんをつないでいるものなんてないんだけどね。
月曜日に仙崎さんの会社案内をしただけ。
今思うと月曜日って奇跡みたいな一日だったんだな。
気持ちが焦ってしまったせいか今日はいつもよりも三十分も早く目が覚めた。
時間があるから普段よりも入念にメイクをする。
鏡を見て最終チェック。うん、今日の私、可愛いかも。
時間に余裕があるのにまるで何かに背中を押されるように慌てて家を出る。
そのせいでいつもより一本早い電車に乗ってしまった。
早く会社に着いたって特にやることもないのにな。
そう思いながら会社の最寄り駅から地上に出ると。
う、嘘でしょ。
あれって仙崎さんだよね?
目をこすってもう一度見る。見間違いじゃない、やっぱり仙崎さんだ。
今日、早起きしてよかったー!
やっぱ早起きは三文の徳ってことわざは間違ってないんだね。
たまたま早く起きた日に朝から仙崎さんと出会えるなんて。
もしかしてこれも運命の導きだったりして?
ま、朝から会えたと言っても話しかけに行ったりなんてできないけどね。
私と仙崎さんの間にはそこそこに距離がある。競歩くらい早歩きで行かないと埋まらない。
走って、追いかけて、声をかけるなんて。ドラマのヒロインでもない限り無理だ。
後ろ姿を目で追いかけるだけで私には十分。
ってこれじゃあまるで私がストーカーをしているみたいじゃない。
いやいや、違う違う。仙崎さんと私は同じ会社の社員。同じ社員が同じ職場に向かっているのを確認しているだけ。
会社の社員を道で見かけたら必ず挨拶するってルールはないでしょ!
もしも私の先を歩いているのが天野さんでも走って挨拶をしに行かないし。
天野さんなら後ろ姿をわざわざ追いかけたりしないけど。
仙崎さんは私の推し社員みたいなものだから。
そうだ、一週間だけ会える私の推し、みたいな感じも悪くないかも。
なんてことを考えてたら会社までの最後の信号が迫ってきた。
今日に限って会社までの道のりがいつもの半分くらいに感じる。仙崎さんと私の距離はそのままだ。
私の歩行スピードと距離的に今の青信号は渡れない。
このままだと仙崎さんとこの信号で離れ離れになってしまう。
ああ、私の今日一日の幸せの時間が……。
信号が点滅を始めた。
仙崎さんは頭をくいと上げて信号を眺めると……そのまま足を止めた。
信号が赤に変わる。仙崎さんは信号を渡らなかった。
一歩ずつ、仙崎さんに近づいていく。それだけで私の鼓動が早まっていく。
やばい、仙崎さんが手を伸ばせば届く距離にいる。
今日も仙崎さん、爽やかでカッコいいな。
すると仙崎さんが私の方を振り向いてきた。
「あれ、東雲さんですか?」
まさか、仙崎さんの方から私に気がついてくれるなんて。
「おはようございます。東京の朝ってこんな感じなんですね」
そう言って仙崎さんはニコッと笑顔を向けてきた。
私のために。私だけのために。
無理。朝からこんなの耐えられないよ。
「おはようございます、仙崎さん」
やばい、仙崎さんの顔が恥ずかしくて直視できない。
心臓の鼓動がさっきまでの倍くらい早くなる。
ドキドキがうるさすぎる!
仙崎さんにも聞こえちゃうかもしれないじゃん!
「青になりました。行きましょうか」
仙崎さんが信号の横断歩道をエスコートしてくれる。もう最高すぎるんですけど!
ここから会社までだいたい五分。夢のような時間が動き出す。
とは言え、隣に並んで歩いたところで何を話せばいいのか全然わからない。
緊張しているし、変な人だとも思われたくないし。
普段、会社の人と朝一緒になったらどんな話をしてたっけ。
……きっとこういうのがめんどくさいから一緒になるのを避けてたんだった。
仙崎さんもあれから何も話しかけてこないし。
沈黙が重すぎる。
ええい、ここは最後の切り札を使わせてもらいます。
「東京はどうです? 面白いですか?」
必殺、東京はどうですか作戦。会話に困ったらこれを使うしかないでしょ。
「まあ、仕事ばっかりで観光は全然できてないですけど」
冷静に考えたら研修は一週間しかない。観光する時間がないのはすぐにわかることだ。
もう何やっているんだよ、私。これじゃあ逆効果じゃん。
「でもこうやって東京の街並みや空気を知れるのは面白いです」
仙崎さんは怒った様子はなく、しみじみと辺りを見渡しながらそう言った。
会社案内をしたときもそうだった。仙崎さんはじっくりと周りの景色を見る。
その仕草が私の記憶のどこかに引っかかった気がした。
なんでだろう。仙崎さんと会ったのは月曜日が初めてなのに。
「またこっちに来る機会があれば今度はゆっくり観光をしたいです。おすすめの場所とかあれば教えてくれると嬉しいです」
次の角を曲がったら会社が見えてくる。
今日という一日はまだ始まったばかり。でも私と仙崎さんとの会話はここで終わり。
仙崎さんの目に私の姿はどう映っているのかな?
「はい、その時は色々と教えますね」
今度仙崎さんが東京に来るなら、私が案内してあげたいな。
そんな私の心の中を知ってか知らないのか仙崎さんはニコッと笑顔を向けてきた。
いつもだったら水曜日の朝はちょっと気だるくて、でも昼休憩が終われば今週もあと半分だーって気分が晴れるんだけど。
今週はそうじゃない。時間の流れがびっくりするくらい早く感じる。
今日が週の折り返しなんて思えない。まだまだ気分は月曜日の朝って感じ。
残念ながら仕事がノリに乗っているってわけじゃない。
理由はわかっている。仙崎さんと会える時間がどんどん減っていくからだ。
会えると言っても一緒に話たりするわけじゃない。
遠くから姿を眺める、ただそれだけのことだ。
昨日は一言も話せなかった。
朝出社したら座っている仙崎さんを見かけ、昼休憩に食堂で食べているところを見ただけだ。
一日のうちでほんの微かなわずかな時間。
でもその微かな時間が私が今週仕事する大きなエネルギーになっている。
こんなの他の人には言えない。同期で一番仲が良い詩織にだって言えやしない。
札幌から研修に来ている社員が気になるなんて恥ずかしいじゃん。
このままだったらきっと昨日と同じように今日も過ぎてしまう。
そしてそのまま木曜、金曜と続いて仙崎さんは札幌に帰ってしまう。
そしたら私と仙崎さんをつなぐものは無くなってしまう。
いや、元々私と仙崎さんをつないでいるものなんてないんだけどね。
月曜日に仙崎さんの会社案内をしただけ。
今思うと月曜日って奇跡みたいな一日だったんだな。
気持ちが焦ってしまったせいか今日はいつもよりも三十分も早く目が覚めた。
時間があるから普段よりも入念にメイクをする。
鏡を見て最終チェック。うん、今日の私、可愛いかも。
時間に余裕があるのにまるで何かに背中を押されるように慌てて家を出る。
そのせいでいつもより一本早い電車に乗ってしまった。
早く会社に着いたって特にやることもないのにな。
そう思いながら会社の最寄り駅から地上に出ると。
う、嘘でしょ。
あれって仙崎さんだよね?
目をこすってもう一度見る。見間違いじゃない、やっぱり仙崎さんだ。
今日、早起きしてよかったー!
やっぱ早起きは三文の徳ってことわざは間違ってないんだね。
たまたま早く起きた日に朝から仙崎さんと出会えるなんて。
もしかしてこれも運命の導きだったりして?
ま、朝から会えたと言っても話しかけに行ったりなんてできないけどね。
私と仙崎さんの間にはそこそこに距離がある。競歩くらい早歩きで行かないと埋まらない。
走って、追いかけて、声をかけるなんて。ドラマのヒロインでもない限り無理だ。
後ろ姿を目で追いかけるだけで私には十分。
ってこれじゃあまるで私がストーカーをしているみたいじゃない。
いやいや、違う違う。仙崎さんと私は同じ会社の社員。同じ社員が同じ職場に向かっているのを確認しているだけ。
会社の社員を道で見かけたら必ず挨拶するってルールはないでしょ!
もしも私の先を歩いているのが天野さんでも走って挨拶をしに行かないし。
天野さんなら後ろ姿をわざわざ追いかけたりしないけど。
仙崎さんは私の推し社員みたいなものだから。
そうだ、一週間だけ会える私の推し、みたいな感じも悪くないかも。
なんてことを考えてたら会社までの最後の信号が迫ってきた。
今日に限って会社までの道のりがいつもの半分くらいに感じる。仙崎さんと私の距離はそのままだ。
私の歩行スピードと距離的に今の青信号は渡れない。
このままだと仙崎さんとこの信号で離れ離れになってしまう。
ああ、私の今日一日の幸せの時間が……。
信号が点滅を始めた。
仙崎さんは頭をくいと上げて信号を眺めると……そのまま足を止めた。
信号が赤に変わる。仙崎さんは信号を渡らなかった。
一歩ずつ、仙崎さんに近づいていく。それだけで私の鼓動が早まっていく。
やばい、仙崎さんが手を伸ばせば届く距離にいる。
今日も仙崎さん、爽やかでカッコいいな。
すると仙崎さんが私の方を振り向いてきた。
「あれ、東雲さんですか?」
まさか、仙崎さんの方から私に気がついてくれるなんて。
「おはようございます。東京の朝ってこんな感じなんですね」
そう言って仙崎さんはニコッと笑顔を向けてきた。
私のために。私だけのために。
無理。朝からこんなの耐えられないよ。
「おはようございます、仙崎さん」
やばい、仙崎さんの顔が恥ずかしくて直視できない。
心臓の鼓動がさっきまでの倍くらい早くなる。
ドキドキがうるさすぎる!
仙崎さんにも聞こえちゃうかもしれないじゃん!
「青になりました。行きましょうか」
仙崎さんが信号の横断歩道をエスコートしてくれる。もう最高すぎるんですけど!
ここから会社までだいたい五分。夢のような時間が動き出す。
とは言え、隣に並んで歩いたところで何を話せばいいのか全然わからない。
緊張しているし、変な人だとも思われたくないし。
普段、会社の人と朝一緒になったらどんな話をしてたっけ。
……きっとこういうのがめんどくさいから一緒になるのを避けてたんだった。
仙崎さんもあれから何も話しかけてこないし。
沈黙が重すぎる。
ええい、ここは最後の切り札を使わせてもらいます。
「東京はどうです? 面白いですか?」
必殺、東京はどうですか作戦。会話に困ったらこれを使うしかないでしょ。
「まあ、仕事ばっかりで観光は全然できてないですけど」
冷静に考えたら研修は一週間しかない。観光する時間がないのはすぐにわかることだ。
もう何やっているんだよ、私。これじゃあ逆効果じゃん。
「でもこうやって東京の街並みや空気を知れるのは面白いです」
仙崎さんは怒った様子はなく、しみじみと辺りを見渡しながらそう言った。
会社案内をしたときもそうだった。仙崎さんはじっくりと周りの景色を見る。
その仕草が私の記憶のどこかに引っかかった気がした。
なんでだろう。仙崎さんと会ったのは月曜日が初めてなのに。
「またこっちに来る機会があれば今度はゆっくり観光をしたいです。おすすめの場所とかあれば教えてくれると嬉しいです」
次の角を曲がったら会社が見えてくる。
今日という一日はまだ始まったばかり。でも私と仙崎さんとの会話はここで終わり。
仙崎さんの目に私の姿はどう映っているのかな?
「はい、その時は色々と教えますね」
今度仙崎さんが東京に来るなら、私が案内してあげたいな。
そんな私の心の中を知ってか知らないのか仙崎さんはニコッと笑顔を向けてきた。



