「会社案内、終わりました」
三階のオフィスフロアに戻ると天野さんが書類を片手に飛び出してきた。
「東雲さん、急なお願いを聞いてくれてありがとうございます」
天野さんは私と三十歳くらい歳が離れているのに、いつも丁寧に話しかけてくれる。
「それでは仙崎さん、どうぞこちらに」
「東雲さん、ありがとうございました」
仙崎さんがニコッとした笑顔のまま私に向かってペコリと頭を下げる。
デスクに戻って時間を確認する。仙崎さんと会社案内をしていたのはたったの十分ほど。
会話らしい会話だってほとんどしていない。
仙崎さんと一緒に話せる最初で最後のチャンスだったかもしれないのにな。
ひょいと顔を上げるとパソコンの先の奥で仙崎さんと天野さんが話しているのが見えた。
デスクのない仙崎さんは共有スペースで研修を受けているんだ。
あまり見ていても怪しまれるのですぐにパソコンに視線を戻す。
仙崎さんと話せないどころか見ることすらできないなんて……。
って何考えているんだ、私。
今週末に仙崎さんは札幌に帰ってしまう。
同じ会社と言っても本社と札幌支社じゃまるで別の会社のよう。
もし仮に仙崎さんと仲良くなってもそれは本社にいるこの一週間だけの話だ。
それにたった数分間で何かが変わるようなことなんて起きるはずがない。
私ったら一体何を期待していたんだか。自分で自分に呆れてしまうよ。
「恵莉奈、ランチに行こう」
「えっ、もうそんな時間?」
同期の詩織に声をかけられてハッとする。
パソコンの時計を見ると十二時をすでに過ぎていた。
「珍しいね、恵莉奈がランチの時間を忘れるなんて」
ぼーっとしていて仕事は全然進んでいない。
いつもだったら十二時きっかりに仕事を終えてお昼休憩に入るのに。
今日の私ったら一体どうしちゃったんだろう。
パソコンの奥に視線を移すと仙崎さんの姿はすでになかった。
私の会社では昼休みは十二時から好きなタイミングで一時間休めばいいことになっている。
四階の食堂が開いているのは十二時から二時まで。
社員の大半はこの時間に休憩をとっている。
普段は同期の詩織と一緒にランチを食べることが多い。
けど、詩織は営業部だから外に出ていることもある。
そういう時は一人で音楽を聞きながらランチを食べている。
詩織と一緒に四階の食堂に向かう。
私たちがよく座る窓側の席が空いていた。
荷物を置いて、後ろを振り返ったその時。
仙崎さんの姿が視界に入ってきた。
仙崎さんが社食が乗ったトレーを持って私の方に向かって歩いてくる。
もしかして、私のことを探しているの?
次の瞬間、仙崎さんはくるっと右に曲がった。
そして私たちの二つ隣のテーブルに持っていたトレーを置いた。
なんだ、たまたま仙崎さんと席が近かっただけだったんだ。
仙崎さんの目には私のことなんて映っているはずもない。
「どうしたの恵莉奈。早く取りに行こうよ」
先に歩いている詩織を慌てて追いかける。詩織はお腹がペコペコみたいだ。
列に並び、順番に社食を受け取っていく。いつもと変わらないはずなのに今日はなんだか背中の奥がやけに気になる。
もしかしたら仙崎さんが私のことを見ているかも。そんな気がしてくる。
配膳が終わって慌てて振り返るも仙崎さんは窓の方を向いて食べているだけだ。
「ラッキー、今日チキン南蛮だ。私、ここのチキン南蛮好きなんだよね」
いただきますと言うと詩織が美味しそうにチキン南蛮を頬張る。
詩織は美味しそうにご飯を食べるのが上手だ。それに引き換え私はよく食べている姿が無愛想だと言われる。
私が美味しいと思っている時も、だ。
いつもは何とも思わないのに、今日はやけにそんな詩織が羨ましい。
詩織に不自然に思われないように仙崎さんの方を見る。よかった、仙崎さんは正面の窓を見ながら食事を続けている。
私の食べているところなんて恥ずかしくて見られたくない。
「あれ、今日食べるスピード遅いじゃん」
詩織に言われてトレーの上に視線を落とす。確かに全然減ってない。
「うーん、今日あんまり食欲ないかも」
「ちょっと大丈夫? いつもお腹空いたーって爆速でランチ食べてるのに」
「やめてよ、そういうこと言うの」
もう、詩織ったら何言ってるのさ!
もしも仙崎さんに聞かれたらどうするのよ。
どさくさに紛れて仙崎さんの方に視線を向ける。仙崎さんは相変わらずまだランチを食べていた。
席が近いとは言っても食堂の中は広い。私たちの会話が仙崎さんに聞かれるはずもない。
っていうか、仙崎さんが会社案内しただけの私のことなんて気にしてるはずもないのに。
「恵莉奈が食べないなら、私がチキン南蛮食べちゃうよ」
「食べます、ちゃんと食べますよ」
どうして今日はお腹があんまり空いてないんだろう。
「あれ、チキン南蛮の味変わった?」
「えー、そんなことないでしょ」
あれ、どうしてだろう。
チキン南蛮の味がいつもより薄く感じた。
三階のオフィスフロアに戻ると天野さんが書類を片手に飛び出してきた。
「東雲さん、急なお願いを聞いてくれてありがとうございます」
天野さんは私と三十歳くらい歳が離れているのに、いつも丁寧に話しかけてくれる。
「それでは仙崎さん、どうぞこちらに」
「東雲さん、ありがとうございました」
仙崎さんがニコッとした笑顔のまま私に向かってペコリと頭を下げる。
デスクに戻って時間を確認する。仙崎さんと会社案内をしていたのはたったの十分ほど。
会話らしい会話だってほとんどしていない。
仙崎さんと一緒に話せる最初で最後のチャンスだったかもしれないのにな。
ひょいと顔を上げるとパソコンの先の奥で仙崎さんと天野さんが話しているのが見えた。
デスクのない仙崎さんは共有スペースで研修を受けているんだ。
あまり見ていても怪しまれるのですぐにパソコンに視線を戻す。
仙崎さんと話せないどころか見ることすらできないなんて……。
って何考えているんだ、私。
今週末に仙崎さんは札幌に帰ってしまう。
同じ会社と言っても本社と札幌支社じゃまるで別の会社のよう。
もし仮に仙崎さんと仲良くなってもそれは本社にいるこの一週間だけの話だ。
それにたった数分間で何かが変わるようなことなんて起きるはずがない。
私ったら一体何を期待していたんだか。自分で自分に呆れてしまうよ。
「恵莉奈、ランチに行こう」
「えっ、もうそんな時間?」
同期の詩織に声をかけられてハッとする。
パソコンの時計を見ると十二時をすでに過ぎていた。
「珍しいね、恵莉奈がランチの時間を忘れるなんて」
ぼーっとしていて仕事は全然進んでいない。
いつもだったら十二時きっかりに仕事を終えてお昼休憩に入るのに。
今日の私ったら一体どうしちゃったんだろう。
パソコンの奥に視線を移すと仙崎さんの姿はすでになかった。
私の会社では昼休みは十二時から好きなタイミングで一時間休めばいいことになっている。
四階の食堂が開いているのは十二時から二時まで。
社員の大半はこの時間に休憩をとっている。
普段は同期の詩織と一緒にランチを食べることが多い。
けど、詩織は営業部だから外に出ていることもある。
そういう時は一人で音楽を聞きながらランチを食べている。
詩織と一緒に四階の食堂に向かう。
私たちがよく座る窓側の席が空いていた。
荷物を置いて、後ろを振り返ったその時。
仙崎さんの姿が視界に入ってきた。
仙崎さんが社食が乗ったトレーを持って私の方に向かって歩いてくる。
もしかして、私のことを探しているの?
次の瞬間、仙崎さんはくるっと右に曲がった。
そして私たちの二つ隣のテーブルに持っていたトレーを置いた。
なんだ、たまたま仙崎さんと席が近かっただけだったんだ。
仙崎さんの目には私のことなんて映っているはずもない。
「どうしたの恵莉奈。早く取りに行こうよ」
先に歩いている詩織を慌てて追いかける。詩織はお腹がペコペコみたいだ。
列に並び、順番に社食を受け取っていく。いつもと変わらないはずなのに今日はなんだか背中の奥がやけに気になる。
もしかしたら仙崎さんが私のことを見ているかも。そんな気がしてくる。
配膳が終わって慌てて振り返るも仙崎さんは窓の方を向いて食べているだけだ。
「ラッキー、今日チキン南蛮だ。私、ここのチキン南蛮好きなんだよね」
いただきますと言うと詩織が美味しそうにチキン南蛮を頬張る。
詩織は美味しそうにご飯を食べるのが上手だ。それに引き換え私はよく食べている姿が無愛想だと言われる。
私が美味しいと思っている時も、だ。
いつもは何とも思わないのに、今日はやけにそんな詩織が羨ましい。
詩織に不自然に思われないように仙崎さんの方を見る。よかった、仙崎さんは正面の窓を見ながら食事を続けている。
私の食べているところなんて恥ずかしくて見られたくない。
「あれ、今日食べるスピード遅いじゃん」
詩織に言われてトレーの上に視線を落とす。確かに全然減ってない。
「うーん、今日あんまり食欲ないかも」
「ちょっと大丈夫? いつもお腹空いたーって爆速でランチ食べてるのに」
「やめてよ、そういうこと言うの」
もう、詩織ったら何言ってるのさ!
もしも仙崎さんに聞かれたらどうするのよ。
どさくさに紛れて仙崎さんの方に視線を向ける。仙崎さんは相変わらずまだランチを食べていた。
席が近いとは言っても食堂の中は広い。私たちの会話が仙崎さんに聞かれるはずもない。
っていうか、仙崎さんが会社案内しただけの私のことなんて気にしてるはずもないのに。
「恵莉奈が食べないなら、私がチキン南蛮食べちゃうよ」
「食べます、ちゃんと食べますよ」
どうして今日はお腹があんまり空いてないんだろう。
「あれ、チキン南蛮の味変わった?」
「えー、そんなことないでしょ」
あれ、どうしてだろう。
チキン南蛮の味がいつもより薄く感じた。



