朝礼が終わるとすぐに自分のパソコンと向かい合い、仕事を始める。
私は健康食品メーカーの総務部に勤めている。総務部と言ってもほとんど何でも屋だ。
本社は東京にあるのだが札幌にも支社を持っている。社長が北海道好きで、私が入社する何年か前に支社を立ち上げたらしい。
名前を聞いて思い出した。仙崎さんは半年前に札幌支社に中途で入社した人だ。
本社と札幌じゃ入社後の本社研修くらいしかほとんど交流がない。
仙崎さんは営業部での採用。だから仙崎さんと話をすることは一度もないんだろうな。
「東雲さん、今、少し手が空いているかい?」
総務部課長の天野さんから名前を呼ばれてドキッとする。
「はい。空いてますけど」
「ちょうどよかった。仙崎さんの会社案内をお願いできないかな」
天野さんが両手を合わせて拝むように私を見てくる。
心臓がドキドキと音を立て始る。
嘘でしょ! 私、今から仙崎さんと二人で社内を回るってこと?
「い、いいですけど」
「ありがとう、助かったよー」
天野さんがオーバーリアクションで喜びを表現する。
困っているといつも仕事を私に押し付けてくるけど、どこか憎めないんだよな。
「すいません、仙崎さん。社内の案内は東雲さんにお願いしましたので」
「よろしくお願いしますね、シノノメさん」
ニコッと笑って仙崎さんが私の方を向く。
「こちらこそよろしくお願いします」
なんだよ、こちらこそお願いしますって。
緊張して変な返しをしちゃったよ……。
仙崎さんに変な人って思われちゃったかも。
「あの失礼かもしれませんが、一つお聞きしてもよろしいですか?」
仙崎さんが申し訳なさそうな声で聞いてくる。
「な、なんでしょうか」
「シノノメさんの苗字ってどんな漢字を書くんですか?」
「東西南北の東に、空にある雲と書いてシノノメと読みます」
「東に雲ですか。すいません、勉強不足で恥ずかしいです」
「珍しい苗字とはよく言われますから」
いきなり仙崎さんから苗字の漢字を聞かれて少々テンパってしまう。
「そ、それじゃあ行きますか」
息を整えながらオフィスを出る。
「本社は四階建てです。従業員のオフィスは三階。ここが男性ロッカーで奥が女性ロッカー。二階は工場で四階は食堂と会議室があります」
「へえー、やっぱり本社は広いですね」
「札幌とは全然違いますか?」
「はい。札幌はオフィスビルに事務所を借りていますから。東雲さんは札幌支社に来たことがないんですか?」
「はい。新卒の研修で札幌のショップで働いたことはあるのですが」
「そうですか、新卒の研修で」
うんうんと頷きながら仙崎さんがまた社内をじっくりと見渡す。
まるでここの光景を全て記憶の中に覚えておこうとしているみたい。
私なんて毎日きているから嫌でも覚えちゃうって感じなのに。
社内を歩くなんて全然特別なことじゃない。それなのに。
心臓がうるさいくらいにドクンドクンと飛び跳ねる。
仙崎さんにとっては私はただの本社の案内係でしかないんだろうな。
じゃあ、私にとって仙崎さんは?
仙崎さんはどんな存在なんだろう。
まだ朝礼の挨拶で始めて姿を見て、そして会社の中を案内しているだけなのに……。
「東雲さんは入社して何年目になるんですか?」
三階から四階の階段を登っている途中、仙崎さんから話かけられた。
「今年で三年目になります」
「じゃあ、東雲さんが札幌に来たのは二年前くらいですか?」
「そうですね。二年前の六月から八月の中旬くらいです」
札幌のショップのことを思い出す。東京に比べて札幌は涼しくて過ごしやすかったな。
もうあれから二年も経ったと思うとびっくりしちゃう。
社会人になると時間の進みが一気に速くなる感じがしちゃうよね。
仙崎さんはまたうんうんと頷いたかと思うと社内を見渡し始めた。
きっと私が黙っていたから気を使って話題を振ってくれたんだよね。
あんまり仙崎さんにいい印象持たれてないかも……。
「本社のことで困ったことがあったら私に何でも聞いてくださいね」
やだ、私ったら何言っているんだろう。まるで仙崎さんに話しかけられたいみたい。
いやいや、これも総務部の立派な仕事だ。そう自分に言い聞かせる。
「ありがとうございます。心強いです」
恥ずかしそうに仙崎さんが顔をそっぽ向ける。
でも、そんなはにかんだ仙崎さんも絵になっていた。
私は健康食品メーカーの総務部に勤めている。総務部と言ってもほとんど何でも屋だ。
本社は東京にあるのだが札幌にも支社を持っている。社長が北海道好きで、私が入社する何年か前に支社を立ち上げたらしい。
名前を聞いて思い出した。仙崎さんは半年前に札幌支社に中途で入社した人だ。
本社と札幌じゃ入社後の本社研修くらいしかほとんど交流がない。
仙崎さんは営業部での採用。だから仙崎さんと話をすることは一度もないんだろうな。
「東雲さん、今、少し手が空いているかい?」
総務部課長の天野さんから名前を呼ばれてドキッとする。
「はい。空いてますけど」
「ちょうどよかった。仙崎さんの会社案内をお願いできないかな」
天野さんが両手を合わせて拝むように私を見てくる。
心臓がドキドキと音を立て始る。
嘘でしょ! 私、今から仙崎さんと二人で社内を回るってこと?
「い、いいですけど」
「ありがとう、助かったよー」
天野さんがオーバーリアクションで喜びを表現する。
困っているといつも仕事を私に押し付けてくるけど、どこか憎めないんだよな。
「すいません、仙崎さん。社内の案内は東雲さんにお願いしましたので」
「よろしくお願いしますね、シノノメさん」
ニコッと笑って仙崎さんが私の方を向く。
「こちらこそよろしくお願いします」
なんだよ、こちらこそお願いしますって。
緊張して変な返しをしちゃったよ……。
仙崎さんに変な人って思われちゃったかも。
「あの失礼かもしれませんが、一つお聞きしてもよろしいですか?」
仙崎さんが申し訳なさそうな声で聞いてくる。
「な、なんでしょうか」
「シノノメさんの苗字ってどんな漢字を書くんですか?」
「東西南北の東に、空にある雲と書いてシノノメと読みます」
「東に雲ですか。すいません、勉強不足で恥ずかしいです」
「珍しい苗字とはよく言われますから」
いきなり仙崎さんから苗字の漢字を聞かれて少々テンパってしまう。
「そ、それじゃあ行きますか」
息を整えながらオフィスを出る。
「本社は四階建てです。従業員のオフィスは三階。ここが男性ロッカーで奥が女性ロッカー。二階は工場で四階は食堂と会議室があります」
「へえー、やっぱり本社は広いですね」
「札幌とは全然違いますか?」
「はい。札幌はオフィスビルに事務所を借りていますから。東雲さんは札幌支社に来たことがないんですか?」
「はい。新卒の研修で札幌のショップで働いたことはあるのですが」
「そうですか、新卒の研修で」
うんうんと頷きながら仙崎さんがまた社内をじっくりと見渡す。
まるでここの光景を全て記憶の中に覚えておこうとしているみたい。
私なんて毎日きているから嫌でも覚えちゃうって感じなのに。
社内を歩くなんて全然特別なことじゃない。それなのに。
心臓がうるさいくらいにドクンドクンと飛び跳ねる。
仙崎さんにとっては私はただの本社の案内係でしかないんだろうな。
じゃあ、私にとって仙崎さんは?
仙崎さんはどんな存在なんだろう。
まだ朝礼の挨拶で始めて姿を見て、そして会社の中を案内しているだけなのに……。
「東雲さんは入社して何年目になるんですか?」
三階から四階の階段を登っている途中、仙崎さんから話かけられた。
「今年で三年目になります」
「じゃあ、東雲さんが札幌に来たのは二年前くらいですか?」
「そうですね。二年前の六月から八月の中旬くらいです」
札幌のショップのことを思い出す。東京に比べて札幌は涼しくて過ごしやすかったな。
もうあれから二年も経ったと思うとびっくりしちゃう。
社会人になると時間の進みが一気に速くなる感じがしちゃうよね。
仙崎さんはまたうんうんと頷いたかと思うと社内を見渡し始めた。
きっと私が黙っていたから気を使って話題を振ってくれたんだよね。
あんまり仙崎さんにいい印象持たれてないかも……。
「本社のことで困ったことがあったら私に何でも聞いてくださいね」
やだ、私ったら何言っているんだろう。まるで仙崎さんに話しかけられたいみたい。
いやいや、これも総務部の立派な仕事だ。そう自分に言い聞かせる。
「ありがとうございます。心強いです」
恥ずかしそうに仙崎さんが顔をそっぽ向ける。
でも、そんなはにかんだ仙崎さんも絵になっていた。



