入社して半年が経ち、念願の本社研修に行くことができた。
研修も楽しみにしていたが、彼女にも会えたらいいなと密かに期待していた。
朝礼で挨拶をした時、すぐに彼女と似た人を見つけることができた。
よく似ているとはいえ会ったのは二年も前だ。
別人の可能性もある。
覚えていたのは彼女の苗字が東に雲だったということだ。
読み方はわからなかったが特徴的な名前で印象に残っていた。
そしてあろうことか彼女に似た人が俺に会社案内をしてくれることになった。
シノノメさんと呼ばれて彼女がきた。
東に雲とはかけ離れたイメージの名前に別人かと落胆したがそこから漢字が連想できなかった。
意を決して俺は彼女に質問した。
「シノノメさんってどんな漢字を書くんですか?」
「東西南北の東に、空にある雲と書いてシノノメと読みます」
俺の目の前にいるのはあの彼女だった。
一瞬、世の中には本当に運命的な出会いというものが存在するのだと思った。
だけど彼女の方では俺を見ても全くピンときていないようだった。
このまま二年前の話をしても気持ち悪いと思われてしまうかも。
彼女に嫌われてしまうのが急に怖くなってきた。
それで俺は彼女に二年前の感謝を伝えるのを躊躇ってしまった。
総務部の彼女とはもう話す機会がないかもしれない。
それでも彼女が覚えていないなら、あの数分間の記憶は綺麗なまま俺の中で大切に閉まっておこうと思った。
そう決めたはずなのに。
俺は無意識に東雲さんの姿を探してしまう。
意識してなくても視界に入る彼女を見つけてしまうのだ。
「あの、仙崎さん。お疲れさまです」
本社に来て初めて昼休み。
皿を洗っていた俺に東雲さんは挨拶をしてくれた。
きっと親切心で札幌から来て右も左も分からない俺を気にかけてくれたのだろう。
東雲さんはあの頃から何も変わっていなかった。
水曜日の通勤時には東雲さんが歩いている姿が見えた。
声をかけたいと思ったが研修で来ているだけの社員に話しかけらても気味が悪いかも。
そう思うと自分から声をかけることができない。
ちょうど信号が青から赤に変わりそうになった。
いつもなら走って渡るが後ろから彼女が来ているのが見えて俺はそこで止まることにした。
信号待ちで彼女が隣にくる。
同じ会社の社員なんだから無視するのも失礼だろうと、そう自分に言い聞かせて彼女に挨拶をした。
彼女は嫌な顔を一つせず、むしろ笑顔で応えてくれた。
それだけでその日はテンションが上がってしまった。
一緒に営業同行をした高橋詩織さんに自分のことを色々話したのはそのせいかもしれない。
図らずも東雲さんと何度か話をすることができた。
そして彼女の優しさを知れた。
今だったら彼女に感謝の気持ちを伝えられるかもしれない。
もしまた彼女と話す機会があったらちゃんと伝えよう。
そう思いながら木曜日の帰り際、東雲さんと廊下でばったり鉢合わせしたのに。
東雲さんにあの日の感謝を言いかけて、結局何も言えなかった。
せっかく仲良くなれたのに嫌われるかもしれないのが怖いのだ。
もう東雲さんはあの時の親切な店員さんというだけではない。
同じ会社の仲間であり、俺は東雲さんに惹かれていたのだ。
研修四日目の終わりにやっとそのことに気がついた。
同じ会社と言っても東京と札幌じゃほとんど別な会社だ。
「札幌の営業が東京に来る機会ってあまりないんですかね」
営業部の歓迎会で俺はそんなことを九条さんに聞いていた。
最初はみんなで俺を取り囲みながら話をしていたが途中からは各々が話初めて俺の周りには九条さんと高橋さんの二人だけになっていた。
営業のくせに俺はあまり社交的ではないのだ。
「まあ、そうだね。こっちも人はいるから札幌から助けを呼ぶってことはあまりないな」
「そうですよね」
九条さんの答えはある意味予想通りで、俺の期待していたものではなかった。
「こっちに来たい理由でもあるんですか?」
高橋さんが切り込むように聞いてくる。
営業同行の時も思ったが、この人は思ったことをざっくばらんに聞いてくる。
それが素直で俺は好感が持てた。
「いや、特別な理由はないんだけど。本社の研修が楽しかったし、みんなともせっかく仲良くなれたのになって思って」
「そうだよな、やっとこれからって時にもうお別れだもんな」
九条さんは元々熱意のある人だが、今はすっかり酔いが回っていた。
「他に会いたい人でもいるんじゃないですか?」
高橋さんの質問にドキッとする。
心なしか表情がニヤついて見える。
そういえば俺はどうしてこの会社を選んだのかの理由を話していた。
もちろん札幌の店舗で初めて商品買った話も、だ。
高橋さん、さっき「私、東雲と同期なんですよね」と言っていた。
まさか俺の気持ちがこの人にはバレているんじゃないだろうか……。
「九条さん、うちの会社って社内結婚多いですよね?」
「多いかどうかは分からんがそういう話はよく聞くな」
社内結婚って何を言い出すんだこの人は。
「東京と札幌の人で結婚した例もあるんですか?」
俺は思わず飲んでいたビールを吹き出しそうになった。
高橋さんの目は相変わらず企みの色を帯びている。
完全に俺のことをおちょくっている。
「どうだろうな。あ、前田さんは元々札幌だったけど宮崎さんと結婚して東京に来たはずだな」
「え、あの二人結婚しているんですか?」
「なんだよ知らなかったのか」
知らない名前ばかり出てきて置いてけぼりになる。
だがどうやら東京と札幌でも結婚した例はあるみたいだ。
俺もずっと札幌にいなくてもいいとは思っているし結婚すれば本社勤務も悪くないかも。
って俺は一体何を考えているんだ?
「そういう例もあるみたいですよ、仙崎さん」
高橋さんはニヤニヤと笑みを浮かべている。
「明日が最後なんですから、チャンスを逃さないでくださいね」
心の奥を覗き込むように高橋さんがじーっと見つめてきた。
「おいおい、何の話をしているんだ?」
「九条さんには関係ないですよ」
明日が東京研修最後か。
東雲さんと社内で会えるのも明日で終わり。
札幌に戻ったら次はいつ会えるのかわからない。
「後悔はしたくないな」
「そうだぞ。後悔はしないように最後まで営業研修張り切るぞ」
ぼそりと呟いた独り言を九条さんは仕事のことと勘違いしていた。
研修も楽しみにしていたが、彼女にも会えたらいいなと密かに期待していた。
朝礼で挨拶をした時、すぐに彼女と似た人を見つけることができた。
よく似ているとはいえ会ったのは二年も前だ。
別人の可能性もある。
覚えていたのは彼女の苗字が東に雲だったということだ。
読み方はわからなかったが特徴的な名前で印象に残っていた。
そしてあろうことか彼女に似た人が俺に会社案内をしてくれることになった。
シノノメさんと呼ばれて彼女がきた。
東に雲とはかけ離れたイメージの名前に別人かと落胆したがそこから漢字が連想できなかった。
意を決して俺は彼女に質問した。
「シノノメさんってどんな漢字を書くんですか?」
「東西南北の東に、空にある雲と書いてシノノメと読みます」
俺の目の前にいるのはあの彼女だった。
一瞬、世の中には本当に運命的な出会いというものが存在するのだと思った。
だけど彼女の方では俺を見ても全くピンときていないようだった。
このまま二年前の話をしても気持ち悪いと思われてしまうかも。
彼女に嫌われてしまうのが急に怖くなってきた。
それで俺は彼女に二年前の感謝を伝えるのを躊躇ってしまった。
総務部の彼女とはもう話す機会がないかもしれない。
それでも彼女が覚えていないなら、あの数分間の記憶は綺麗なまま俺の中で大切に閉まっておこうと思った。
そう決めたはずなのに。
俺は無意識に東雲さんの姿を探してしまう。
意識してなくても視界に入る彼女を見つけてしまうのだ。
「あの、仙崎さん。お疲れさまです」
本社に来て初めて昼休み。
皿を洗っていた俺に東雲さんは挨拶をしてくれた。
きっと親切心で札幌から来て右も左も分からない俺を気にかけてくれたのだろう。
東雲さんはあの頃から何も変わっていなかった。
水曜日の通勤時には東雲さんが歩いている姿が見えた。
声をかけたいと思ったが研修で来ているだけの社員に話しかけらても気味が悪いかも。
そう思うと自分から声をかけることができない。
ちょうど信号が青から赤に変わりそうになった。
いつもなら走って渡るが後ろから彼女が来ているのが見えて俺はそこで止まることにした。
信号待ちで彼女が隣にくる。
同じ会社の社員なんだから無視するのも失礼だろうと、そう自分に言い聞かせて彼女に挨拶をした。
彼女は嫌な顔を一つせず、むしろ笑顔で応えてくれた。
それだけでその日はテンションが上がってしまった。
一緒に営業同行をした高橋詩織さんに自分のことを色々話したのはそのせいかもしれない。
図らずも東雲さんと何度か話をすることができた。
そして彼女の優しさを知れた。
今だったら彼女に感謝の気持ちを伝えられるかもしれない。
もしまた彼女と話す機会があったらちゃんと伝えよう。
そう思いながら木曜日の帰り際、東雲さんと廊下でばったり鉢合わせしたのに。
東雲さんにあの日の感謝を言いかけて、結局何も言えなかった。
せっかく仲良くなれたのに嫌われるかもしれないのが怖いのだ。
もう東雲さんはあの時の親切な店員さんというだけではない。
同じ会社の仲間であり、俺は東雲さんに惹かれていたのだ。
研修四日目の終わりにやっとそのことに気がついた。
同じ会社と言っても東京と札幌じゃほとんど別な会社だ。
「札幌の営業が東京に来る機会ってあまりないんですかね」
営業部の歓迎会で俺はそんなことを九条さんに聞いていた。
最初はみんなで俺を取り囲みながら話をしていたが途中からは各々が話初めて俺の周りには九条さんと高橋さんの二人だけになっていた。
営業のくせに俺はあまり社交的ではないのだ。
「まあ、そうだね。こっちも人はいるから札幌から助けを呼ぶってことはあまりないな」
「そうですよね」
九条さんの答えはある意味予想通りで、俺の期待していたものではなかった。
「こっちに来たい理由でもあるんですか?」
高橋さんが切り込むように聞いてくる。
営業同行の時も思ったが、この人は思ったことをざっくばらんに聞いてくる。
それが素直で俺は好感が持てた。
「いや、特別な理由はないんだけど。本社の研修が楽しかったし、みんなともせっかく仲良くなれたのになって思って」
「そうだよな、やっとこれからって時にもうお別れだもんな」
九条さんは元々熱意のある人だが、今はすっかり酔いが回っていた。
「他に会いたい人でもいるんじゃないですか?」
高橋さんの質問にドキッとする。
心なしか表情がニヤついて見える。
そういえば俺はどうしてこの会社を選んだのかの理由を話していた。
もちろん札幌の店舗で初めて商品買った話も、だ。
高橋さん、さっき「私、東雲と同期なんですよね」と言っていた。
まさか俺の気持ちがこの人にはバレているんじゃないだろうか……。
「九条さん、うちの会社って社内結婚多いですよね?」
「多いかどうかは分からんがそういう話はよく聞くな」
社内結婚って何を言い出すんだこの人は。
「東京と札幌の人で結婚した例もあるんですか?」
俺は思わず飲んでいたビールを吹き出しそうになった。
高橋さんの目は相変わらず企みの色を帯びている。
完全に俺のことをおちょくっている。
「どうだろうな。あ、前田さんは元々札幌だったけど宮崎さんと結婚して東京に来たはずだな」
「え、あの二人結婚しているんですか?」
「なんだよ知らなかったのか」
知らない名前ばかり出てきて置いてけぼりになる。
だがどうやら東京と札幌でも結婚した例はあるみたいだ。
俺もずっと札幌にいなくてもいいとは思っているし結婚すれば本社勤務も悪くないかも。
って俺は一体何を考えているんだ?
「そういう例もあるみたいですよ、仙崎さん」
高橋さんはニヤニヤと笑みを浮かべている。
「明日が最後なんですから、チャンスを逃さないでくださいね」
心の奥を覗き込むように高橋さんがじーっと見つめてきた。
「おいおい、何の話をしているんだ?」
「九条さんには関係ないですよ」
明日が東京研修最後か。
東雲さんと社内で会えるのも明日で終わり。
札幌に戻ったら次はいつ会えるのかわからない。
「後悔はしたくないな」
「そうだぞ。後悔はしないように最後まで営業研修張り切るぞ」
ぼそりと呟いた独り言を九条さんは仕事のことと勘違いしていた。



