研修期間は恋の予感


あれは、私がこの会社に入社して初めての夏。八月のお盆期間。

新卒の研修で私は札幌の直営店舗でスタッフとして働いていた。

接客業でのアルバイト経験なかった私にとっては不安な日々が続いていた。

店舗は札幌の中でも高級住宅街として有名な地域にあった。

北海道好きな社長が健康食品に興味のあるターゲットが集まりそうな場所を選んで立地を決めたらしい。

近くには神社や動物園などもあり、最寄り駅はいつも人が賑わっている。

店舗の外観はそこまで目立つものじゃないのに、社長の読みが当たったのか土日や連休期間は客数が多かった。

その日も人の入りが多く、店内には常にお客さんがいた。

二十代半ばくらいの二人の男性が入ってきた。
一人が元々この店を知っていたようでもう一人の方をリードしている。

健康食品ということもあって基本的には女性のお客さんが多い。
だから男性二人での来店は目立っていた。

二人は棚に置いてある商品のことを指差しながら色々と話している。

商品を愛用しているお客さんが知り合いに紹介している姿を見ると私も嬉しくなってしまう。

教えてもらっている男性が爽やかな笑みを浮かべながら店内をじっくりと見渡している。

温厚で優しそうな雰囲気が遠目でも伝わってくる。
その人と商品が同じ画角で収まるとびっくりするくらい似合っていた。

本社にいるうちの社員とどこかまとっている空気感が似ていると思った。

「へえー、体に良さそうじゃん」

「だろだろ。お前も一つ食べてみろよ」

説得に成功したのか、教えてもらっていたお客さんが商品を選び始めた。

「何か商品をお探しですか?」

気がついたら私は声をかけていた。

普段は恥ずかしくてお客さんに話しかけることなんてないのに。

「すいません、一度も食べたことがなくて何を選んでいいかわからなくて」

「やっぱり、人気の商品がいいですよね」

そう言って説明をしていたお客さんがうちの人気商品を指差していた。

この人、うちのことよく知ってくれているな。
それだけで気持ちが嬉しくなる。

だけど選んでいるお客さんの表情はどこか曇っていた。

「どうかしましたか?」

「いや、実はきのこがちょっと苦手で」

「何言ってんだよ。ここの美味いから大丈夫だよ」

うちの人気商品にはきのこが入っている。
もちろん、きのこが苦手な人でも美味しく食べられる商品になっている自負はある。

だけど乗り気じゃないなら食べたくならないんじゃないかな。

「だったらこっちのはどうでしょうか?」

私はきのこの入ってない、自分の好きな商品をおすすめした。

「人気度は先ほどの商品よりも下がりますが味と効果には自信があります。それに……」

余計なことだと思いつつ、一言付け加える。

「私はこの商品が大好きです」

するとさっきまで曇っていた表情のお客さんがパッと笑顔になった。

「だったらこれにしようかな」

二人はまた店内を回り出した。

うちの会社の商品を気に入ってもらえたらいいな。
そんな微笑ましい気持ちになった。

「東雲さん、レジ手伝ってもらえる」

会計のお客さんが増えてきてレジに呼ばれる。

「次の方、どうぞ」

さっきの人、うちの商品を気に入ってくれるかな。
そんなことをぼんやりと思いながらレジ対応をしているとさっきの男の人が私の目の前に現れた。

「先ほどはありがとうございました。おかげで気に入った商品を選べました」

その人は私がおすすめした商品を選んでくれていた。

よかった。私の誰かの役に立つことができたんだ。

「お口に合うといいんですけど」

「きっと合いますよ。だってあなたが一生懸命選んでくれたんですから」
 
そんな風に言われると恥ずかしくなってくる。

目の前の男性が爽やかな笑顔を私だけに向ける。

その瞬間、私の心はふわっと揺れた。

「ネットでも販売してますので、もし気に入っていただけたらまた買ってもらえると嬉しいです」

「ありがとう。楽しみにしていますね」

会計を終えて商品を渡す。商品を受け取るとにこりと笑ってくれた。

初めてうちの商品を買った人が期待してくれている。それが伝わってくる笑顔だった。

こんなにストレートにその思いを伝えてくれたのは初めてだ。

時間にしてみたらほんの数分間のこと。

それなのに私にとって忘れられない数分間になった。

あの人を接客できてよかった。

「ありがとうございました。食べるの楽しみにしてます」

店を出る時、その人はそう一言を言った。

特定の誰かに言ったわけじゃない。お店全体に言ったのだろう。

きっと礼儀正しい人なのだ。

だけど勝手にあの人は私にそう言ってくれたんじゃないかと。そんな気がした。

「東雲さんが接客した男の人、笑顔で店を出てったわね」

仕事が終わった後、店長が言ってきた。

「きっと東雲さんの接客がよかったんだね」

店長に褒められたのはこれが初めてだった。

あの人は社会人になった私に自信をくれた。

そしてあの商品を気に入ってくれて、またどこかでうちの商品を食べてくれたら嬉しいな。

もしもその時、私の一言があったおかげだと思ってくれたら。

この仕事をやってよかったとそう思える気がした。