あの人のことを考えてどれくらいが経つのだろう。
僕の隣の席には"あずちゃん"が座っている。僕が勝手にそう呼んでいるだけで本名は違う。周りの人は本名である梓あずさくんと呼ぶため、浸透はしていない。
あずちゃんをからかうのは楽しい。いつも授業では外を眺めていつも先生に怒られていた。先生も前までは意地悪で難しい問題で指名したり、注意し続けたりした。
だがある日、いつものようにあずちゃんは外を眺めているはずなのに、違いはないと思えるはずなのに心のどこかでは違いに気づいている。もしそれが本当でならば、あずちゃんは外を眺めるとしても周りに白くきれいな花を咲かせて、ウトウトした表情をしていた。
その花は……百合ゆりだろうか。とても綺麗だ。あずちゃんにピッタリ!まるで、花瓶に入っているような…。いや、入っているのか?
なんであろうとあずちゃんに似合うから良し。
ちなみ最近は先生も観念したのか、注意をすることも指名することも一切やめた。
観念というか疲れたというのか、あの先生もそろそろいい歳だ。無視をすればいいと考えたのだろう。あずちゃんに関わりが無くなったとはいえ、そういった考えなのであれば腹立たしいぞ。でも、注意されてもされなくても外を眺めてウトウトする。そういう堕落的なあずちゃんが大好きだ。いつも授業中と休みの時間はあずちゃんを眺めているだけにして…これは決して意地悪をしたいからとか自分に厳しくしているからではない。……多分。
放課後になればクラスメイトたちには内緒で二人だけで話す。最初のころは勇気をものすごく使って話しかけに行った。やっぱり人見知りは僕にとっては欠点でもある。利点とすれば面倒な事に遭遇しないところが唯一と言ってもいいかな。
まぁ最初の時は周りのクラスメイトたちに話しかける僕を心配してくれた。それであずちゃんがなんか言われるのは何気に腹が立った。だから今では、こうして放課後に二人っきりで話す。意外とこの関係も悪くないなと思っている。
「あずちゃん!今日も美しかった!」
放課後。
夕日に段々包み込まれていく校舎と教室。そして教室にいる僕らは必然的に夕日に覆われて道連れだ。その橙色だいだいいろを纏う光芒こうぼうがあずちゃんの髪に直撃する。彼の髪は光のせいなのか、はたまた遺伝なのか言い難いのだが、少し茶色がかって一本一本、サラサラで輝いている。その美しい髪…それだけではない。その姿すら光に当てられているせいでガラスのような透明感があり、反射して少し眩しい。いや、その姿もまた眩しいほど美しい。
「そう?…菫すみれくんはいつも俺のことを見ているよね。……少し照れちゃうよ」
透明感のある綺麗な肌に韓紅色からくれないしょくを帯びて、サラサラと柔らかそうな髪を優しく人差し指と絡め合ってうつむく。
──やっぱりあずちゃんは美しいって言葉が似合うけど、この時のあずちゃんは可愛いのほうが似合う!
「へっ!?あ、ありがとう…」
ん?…あっ。
つい言葉を声に出してしまったため、多少照れていたあずちゃんがさらに照れてもっと可愛くなっていく。
もう少し拝みたいと言いたいところだが、少し秒針の音がうるさい時計に目を向けるとそろそろ完全下校の八時を廻ってしまう。前回もあずちゃんと話に熱中しすぎて見回りにきた先生が注意に来てくれた。そのとき少し顔色が悪かったし、なんか震えていたけど、仕事のし過ぎかな?先生たち仕事が大変だって愚痴っていたからな。いろいろあるのだろう。しかもこの先生住職の家系だったが先生の両親は子に恵まれていたらしく、住職をしなくても長男がやってくれるそう。先生は三男だから何かない限りは住職にはならないだろう。
先生の話は置いといて、ひとまず身支度を済ませて帰らないと。
今日は荷物も少なく、明日は特に何か大事な予定があるわけでもないため。最低限の荷物を鞄に綺麗に入れる。収納能力って個性でるよね~。僕乱雑なの嫌いなんだよな。そういえば、最近あずちゃんの机のなか見たけど、乱雑でも汚くもなかった。むしろほぼ何もない状態。やっぱり、あずちゃんみたいに最小限にしまったほうが気持ちも楽になるよね。僕もそれに見習わなきゃだな。
あっという間に身支度を済ませて、用事があると言ってあずちゃんとは教室で解散する。いつも教室での解散だが、あずちゃんなんか仕事押し付けられていないかな?もしそれが発覚したら……。
まぁ今は怒られずに校門を出ないと。
走って玄関の自分の下駄箱に手を突っ込む。
「痛っ!」
指にチクリと痛みが走った。靴を出すのと同時に見てみれば…。
「なんだ。ただの木の破片か。これ意外と痛いんだよな~」
木の破片を、虫を投げ捨てる感覚で取り除き、急いで上履きと履き替えた。
しかし、木の破片ってあんな形状することあるんだ。硬くてまるで金属で作られたような...。
あっやべ、早く帰らないと...!
軽口を叩きながら校門を通り抜ける直前の場所で立ち止まる。振り返ってさきほど二人っきりの空間になれた教室を覗き込むと窓の近くにあずちゃんがいた。そしてその細くて白い腕で手を振ってくれた。その行動に誠心誠意返そうと大きく手を振り返して気持ちを伝えた。すると、遠くからでもあずちゃんが笑顔になったのが確認できた。
笑顔かわいいな~と軽口を叩きながら校門を出て帰路に着いた。
家に帰ると料理が既に作られていた。ただ少し冷たいが…。でも作ってくれるだけでありがたい。前までは作ってくれることなんて滅多になかった。
そしてその少し冷めた飯を急いで食べ、いろいろ風呂だの洗濯だのを熟して疲れてもう動きたくないと嘆く身体と共に自室に向かった。そしてなんの抵抗もなく寝床へダイブし、ポケットから携帯と取り出した。しかしその携帯で何かするわけではない。なぜならば、あずちゃんは携帯というものを持っておらず、連絡を取る手段がないため、一回買ってみれば?と軽いノリで言ってみた。
返ってきた言葉は「何を言っても無駄だと思うから。…ごめんね」と申し訳なさそうに謝るからそれ以上追及もできずその話を終えた。
だからこそ、僕は放課後たくさん話して、夜は妄想で我慢している。今ここでその妄想について内容を語ることも容易にできのだが…。語れば胸が締め付けられるような気持がして、嫌だと感じてしまうため、言えない。僕はこの感情の名を知らない。
「それにしても……。やっぱりあずちゃんは美しいし可愛い!」
自分でも薄々は気が付いている。
まるでおっさんのような…いや、もうおっさんでしかない発言ばかりをたくさん出てしまっているのだと。
それでもあずちゃんは変わらず接してくれて優しい。でもいつかは距離を置かれるかもしれない。それだけは避けたい…!だけど、その優しさに甘えているのも事実だ。
その優しさも大好きなのだが、僕は触れることすらできない。この気持ちは知られたくないし恥ずかしい。
「乙女か!」とツッコミを入れられるかもしれないが心に嘘はつけない。
どうしてもね。
だからこうしてなんとか耐えてきた。でも、あずちゃんは優しいから既にバレているかもだけど、万が一を考えて隠しておきたい。
「…明日も会いたいし話したい」
ついついこぼれていった言葉は少しの希望とたくさんの悲しみによって包み込まれている。その言葉と音は、静寂で多少の冷たさが漂うこの自室と戦った。しかし勝つ余地もなく、負けてしまい消え去る。
朝日が窓から暴力の如く顔目掛けて降り注ぐ。その日のせいでいつもより少し早いが目を覚ました。しかしその暴力を今、憎んではいない。いや憎むよりも感謝をしている。早く起きたということはあずちゃんに会う時間が増える。そうすれば、早めに行けばクラスメイトもいないからあずちゃんと長く話せる。クラスメイトがいたとしても見ているだけでいい。
でも、あずちゃんっていつも僕が登校する時間帯にはもういるんだよな。あずちゃんとは違って遅刻ギリギリで来ているから、当たり前だろうけど。あずちゃんと話したいな~。あわよくば、触れたい…。でも気味悪がって離れられたら嫌だな。僕の友達は…あずちゃんだけだよ。前までは親友も幼馴染もいたけど、最近は話しかけてくれない。ぼくなんかわるいことでもしたのかな?まぁ、もうどうでもいいけど、あずちゃんだけが僕の救いだから。
──あずちゃん。いや、梓くん。愛しているよ。僕のことを愛さなくていいから僕だけと関わっていればいいんだよ。
そう考えながらも慣れた手つきで身支度を済ませる。制服も最初は着るのですら苦労したものが今では無心で行える。その後は、一階のリビングでお母さんが用意してくれた少し冷えた朝飯をそそくさと食べ、玄関へ駆け込み、靴を履いて外へ飛び出した。
いつもより早いせいか、生徒が誰もおらず、一人の空間が作られた。しかし、早く投稿すればあずちゃんに会えるような予感がして誰もいないのに、焦る必要はないのに、小走りで校門まで走った。
玄関にある自分の下駄箱を確認する。
「よし、今日はある!」
脱いだ靴を持って上履きと交換する。そして、履いたこと確認して教室まで直行する。
教室の扉は開いてあって自分の席まで歩み寄る。机に鞄を置くと横から気配を感じた。目を向けてみると、僕を見つめるあずちゃんがいる。今まさに、目と目が通じ合っている状態。
──やっぱり今日も美しくてかわいい。
いつも通りの顔と雰囲気にホッとする。
「ガラガラッ」
さきほど通って来た扉が開き、驚きと共にそちらを覗き込む。そこには…幼馴染の橘たちばなが立っていた。
「え…橘?お前どうして...」
「たちばな!将来は僕と結婚して!」
「うん!すみれと俺はフウフだね!」
あの時は無邪気で"結婚"の仕方もできないことも、理解すらしていなかった。でも思っていたことは、結婚ができなくても橘とは一緒にいたい。ずっとそう考えていた。
でも…。
「…よう。菫、元気そうだな」
照れくさそうな顔で髪をクシャクシャと乱す。
気まずい雰囲気が流れているなか、勇気を出して話したのは橘のほうだった。
「……お前さ、最近おかしいぞ」
はじめに出る言葉がそれか。おかしい?何がおかしいって?
追いつかない思考に対して橘は待ってくれなかった。
「最近、いじめのほうはどうなんだ…?」
「いじめ?大丈夫だよ?…だって…」
言うのをやめた瞬間、橘は目をそらし、乾いた唇を舐める。
「いや、なんでもない!」
「……そうか。何かあれば言えよ!」
橘、なぜそんなに自信無さげなんだ?
なぜまばたきが増えている?
まぁ、考えても無駄か。
「そういえば、橘って僕とは違うクラスだよね?そろそろみんな来ちゃうよ」
「お、おう!またな!」
そう言って来た扉から通り抜け自分のクラスへと走っていった。
「ごめんね、あずちゃん」
ずっと静かに聞いてくれたあずちゃんにまずはありがとうという感謝の気持ちを謝罪で返した。「いいよ~」
あずちゃんは許してくれて、僕らはクラスメイトが来るまでずっと話し合った。
クラスメイトのほとんどが来てチャイムが鳴るのと同時に担任が教室の前扉を開き、現れた。そして、下らない時間が過ぎて、授業中がもう、あずちゃんを目が拝む。
いつも通り面倒な授業のことなど耳にすら入らず、目線はあずちゃんを直視し、その目線だけに集中する。相変わらず、先生は僕を注意したり問題を答えさせようと差してくる。ウトウトと眠そうな瞳を開けあがら外を眺めるあずちゃんを無視する。もういないと言わんばかりな感じで。
自分でもキモいことに自覚はしている。しかし本心は嘘を付けない。いや、付くことが許されていない。誰でもない自分の命令で。
このままずっとあずちゃんを見ていたい。
「おい!」
大きな声で叱るせいで、集中していた視線が一瞬だが、揺れてしまった。
ずっと見ていたのに、先生のせいで...。
そう感じ、先生を一喝するために睨みつけて再び、隣の美しき者をガン見する。
「菫!なんだその態度は!!」
先生の大きなお腹と共にドシドシと地鳴りのような音が教室中に響いて近くになってやっと止まった。
「おい菫!」
叫びと同時に振り上げられた手が瞬時に、頬の当たりだろうか痛みが生じた。
いつも通りなのに...。今日は何故か印象的に感じる。
──やっぱり痛いな。
「な、なんだこれは!?!?!」
僕の隣の席には"あずちゃん"が座っている。僕が勝手にそう呼んでいるだけで本名は違う。周りの人は本名である梓あずさくんと呼ぶため、浸透はしていない。
あずちゃんをからかうのは楽しい。いつも授業では外を眺めていつも先生に怒られていた。先生も前までは意地悪で難しい問題で指名したり、注意し続けたりした。
だがある日、いつものようにあずちゃんは外を眺めているはずなのに、違いはないと思えるはずなのに心のどこかでは違いに気づいている。もしそれが本当でならば、あずちゃんは外を眺めるとしても周りに白くきれいな花を咲かせて、ウトウトした表情をしていた。
その花は……百合ゆりだろうか。とても綺麗だ。あずちゃんにピッタリ!まるで、花瓶に入っているような…。いや、入っているのか?
なんであろうとあずちゃんに似合うから良し。
ちなみ最近は先生も観念したのか、注意をすることも指名することも一切やめた。
観念というか疲れたというのか、あの先生もそろそろいい歳だ。無視をすればいいと考えたのだろう。あずちゃんに関わりが無くなったとはいえ、そういった考えなのであれば腹立たしいぞ。でも、注意されてもされなくても外を眺めてウトウトする。そういう堕落的なあずちゃんが大好きだ。いつも授業中と休みの時間はあずちゃんを眺めているだけにして…これは決して意地悪をしたいからとか自分に厳しくしているからではない。……多分。
放課後になればクラスメイトたちには内緒で二人だけで話す。最初のころは勇気をものすごく使って話しかけに行った。やっぱり人見知りは僕にとっては欠点でもある。利点とすれば面倒な事に遭遇しないところが唯一と言ってもいいかな。
まぁ最初の時は周りのクラスメイトたちに話しかける僕を心配してくれた。それであずちゃんがなんか言われるのは何気に腹が立った。だから今では、こうして放課後に二人っきりで話す。意外とこの関係も悪くないなと思っている。
「あずちゃん!今日も美しかった!」
放課後。
夕日に段々包み込まれていく校舎と教室。そして教室にいる僕らは必然的に夕日に覆われて道連れだ。その橙色だいだいいろを纏う光芒こうぼうがあずちゃんの髪に直撃する。彼の髪は光のせいなのか、はたまた遺伝なのか言い難いのだが、少し茶色がかって一本一本、サラサラで輝いている。その美しい髪…それだけではない。その姿すら光に当てられているせいでガラスのような透明感があり、反射して少し眩しい。いや、その姿もまた眩しいほど美しい。
「そう?…菫すみれくんはいつも俺のことを見ているよね。……少し照れちゃうよ」
透明感のある綺麗な肌に韓紅色からくれないしょくを帯びて、サラサラと柔らかそうな髪を優しく人差し指と絡め合ってうつむく。
──やっぱりあずちゃんは美しいって言葉が似合うけど、この時のあずちゃんは可愛いのほうが似合う!
「へっ!?あ、ありがとう…」
ん?…あっ。
つい言葉を声に出してしまったため、多少照れていたあずちゃんがさらに照れてもっと可愛くなっていく。
もう少し拝みたいと言いたいところだが、少し秒針の音がうるさい時計に目を向けるとそろそろ完全下校の八時を廻ってしまう。前回もあずちゃんと話に熱中しすぎて見回りにきた先生が注意に来てくれた。そのとき少し顔色が悪かったし、なんか震えていたけど、仕事のし過ぎかな?先生たち仕事が大変だって愚痴っていたからな。いろいろあるのだろう。しかもこの先生住職の家系だったが先生の両親は子に恵まれていたらしく、住職をしなくても長男がやってくれるそう。先生は三男だから何かない限りは住職にはならないだろう。
先生の話は置いといて、ひとまず身支度を済ませて帰らないと。
今日は荷物も少なく、明日は特に何か大事な予定があるわけでもないため。最低限の荷物を鞄に綺麗に入れる。収納能力って個性でるよね~。僕乱雑なの嫌いなんだよな。そういえば、最近あずちゃんの机のなか見たけど、乱雑でも汚くもなかった。むしろほぼ何もない状態。やっぱり、あずちゃんみたいに最小限にしまったほうが気持ちも楽になるよね。僕もそれに見習わなきゃだな。
あっという間に身支度を済ませて、用事があると言ってあずちゃんとは教室で解散する。いつも教室での解散だが、あずちゃんなんか仕事押し付けられていないかな?もしそれが発覚したら……。
まぁ今は怒られずに校門を出ないと。
走って玄関の自分の下駄箱に手を突っ込む。
「痛っ!」
指にチクリと痛みが走った。靴を出すのと同時に見てみれば…。
「なんだ。ただの木の破片か。これ意外と痛いんだよな~」
木の破片を、虫を投げ捨てる感覚で取り除き、急いで上履きと履き替えた。
しかし、木の破片ってあんな形状することあるんだ。硬くてまるで金属で作られたような...。
あっやべ、早く帰らないと...!
軽口を叩きながら校門を通り抜ける直前の場所で立ち止まる。振り返ってさきほど二人っきりの空間になれた教室を覗き込むと窓の近くにあずちゃんがいた。そしてその細くて白い腕で手を振ってくれた。その行動に誠心誠意返そうと大きく手を振り返して気持ちを伝えた。すると、遠くからでもあずちゃんが笑顔になったのが確認できた。
笑顔かわいいな~と軽口を叩きながら校門を出て帰路に着いた。
家に帰ると料理が既に作られていた。ただ少し冷たいが…。でも作ってくれるだけでありがたい。前までは作ってくれることなんて滅多になかった。
そしてその少し冷めた飯を急いで食べ、いろいろ風呂だの洗濯だのを熟して疲れてもう動きたくないと嘆く身体と共に自室に向かった。そしてなんの抵抗もなく寝床へダイブし、ポケットから携帯と取り出した。しかしその携帯で何かするわけではない。なぜならば、あずちゃんは携帯というものを持っておらず、連絡を取る手段がないため、一回買ってみれば?と軽いノリで言ってみた。
返ってきた言葉は「何を言っても無駄だと思うから。…ごめんね」と申し訳なさそうに謝るからそれ以上追及もできずその話を終えた。
だからこそ、僕は放課後たくさん話して、夜は妄想で我慢している。今ここでその妄想について内容を語ることも容易にできのだが…。語れば胸が締め付けられるような気持がして、嫌だと感じてしまうため、言えない。僕はこの感情の名を知らない。
「それにしても……。やっぱりあずちゃんは美しいし可愛い!」
自分でも薄々は気が付いている。
まるでおっさんのような…いや、もうおっさんでしかない発言ばかりをたくさん出てしまっているのだと。
それでもあずちゃんは変わらず接してくれて優しい。でもいつかは距離を置かれるかもしれない。それだけは避けたい…!だけど、その優しさに甘えているのも事実だ。
その優しさも大好きなのだが、僕は触れることすらできない。この気持ちは知られたくないし恥ずかしい。
「乙女か!」とツッコミを入れられるかもしれないが心に嘘はつけない。
どうしてもね。
だからこうしてなんとか耐えてきた。でも、あずちゃんは優しいから既にバレているかもだけど、万が一を考えて隠しておきたい。
「…明日も会いたいし話したい」
ついついこぼれていった言葉は少しの希望とたくさんの悲しみによって包み込まれている。その言葉と音は、静寂で多少の冷たさが漂うこの自室と戦った。しかし勝つ余地もなく、負けてしまい消え去る。
朝日が窓から暴力の如く顔目掛けて降り注ぐ。その日のせいでいつもより少し早いが目を覚ました。しかしその暴力を今、憎んではいない。いや憎むよりも感謝をしている。早く起きたということはあずちゃんに会う時間が増える。そうすれば、早めに行けばクラスメイトもいないからあずちゃんと長く話せる。クラスメイトがいたとしても見ているだけでいい。
でも、あずちゃんっていつも僕が登校する時間帯にはもういるんだよな。あずちゃんとは違って遅刻ギリギリで来ているから、当たり前だろうけど。あずちゃんと話したいな~。あわよくば、触れたい…。でも気味悪がって離れられたら嫌だな。僕の友達は…あずちゃんだけだよ。前までは親友も幼馴染もいたけど、最近は話しかけてくれない。ぼくなんかわるいことでもしたのかな?まぁ、もうどうでもいいけど、あずちゃんだけが僕の救いだから。
──あずちゃん。いや、梓くん。愛しているよ。僕のことを愛さなくていいから僕だけと関わっていればいいんだよ。
そう考えながらも慣れた手つきで身支度を済ませる。制服も最初は着るのですら苦労したものが今では無心で行える。その後は、一階のリビングでお母さんが用意してくれた少し冷えた朝飯をそそくさと食べ、玄関へ駆け込み、靴を履いて外へ飛び出した。
いつもより早いせいか、生徒が誰もおらず、一人の空間が作られた。しかし、早く投稿すればあずちゃんに会えるような予感がして誰もいないのに、焦る必要はないのに、小走りで校門まで走った。
玄関にある自分の下駄箱を確認する。
「よし、今日はある!」
脱いだ靴を持って上履きと交換する。そして、履いたこと確認して教室まで直行する。
教室の扉は開いてあって自分の席まで歩み寄る。机に鞄を置くと横から気配を感じた。目を向けてみると、僕を見つめるあずちゃんがいる。今まさに、目と目が通じ合っている状態。
──やっぱり今日も美しくてかわいい。
いつも通りの顔と雰囲気にホッとする。
「ガラガラッ」
さきほど通って来た扉が開き、驚きと共にそちらを覗き込む。そこには…幼馴染の橘たちばなが立っていた。
「え…橘?お前どうして...」
「たちばな!将来は僕と結婚して!」
「うん!すみれと俺はフウフだね!」
あの時は無邪気で"結婚"の仕方もできないことも、理解すらしていなかった。でも思っていたことは、結婚ができなくても橘とは一緒にいたい。ずっとそう考えていた。
でも…。
「…よう。菫、元気そうだな」
照れくさそうな顔で髪をクシャクシャと乱す。
気まずい雰囲気が流れているなか、勇気を出して話したのは橘のほうだった。
「……お前さ、最近おかしいぞ」
はじめに出る言葉がそれか。おかしい?何がおかしいって?
追いつかない思考に対して橘は待ってくれなかった。
「最近、いじめのほうはどうなんだ…?」
「いじめ?大丈夫だよ?…だって…」
言うのをやめた瞬間、橘は目をそらし、乾いた唇を舐める。
「いや、なんでもない!」
「……そうか。何かあれば言えよ!」
橘、なぜそんなに自信無さげなんだ?
なぜまばたきが増えている?
まぁ、考えても無駄か。
「そういえば、橘って僕とは違うクラスだよね?そろそろみんな来ちゃうよ」
「お、おう!またな!」
そう言って来た扉から通り抜け自分のクラスへと走っていった。
「ごめんね、あずちゃん」
ずっと静かに聞いてくれたあずちゃんにまずはありがとうという感謝の気持ちを謝罪で返した。「いいよ~」
あずちゃんは許してくれて、僕らはクラスメイトが来るまでずっと話し合った。
クラスメイトのほとんどが来てチャイムが鳴るのと同時に担任が教室の前扉を開き、現れた。そして、下らない時間が過ぎて、授業中がもう、あずちゃんを目が拝む。
いつも通り面倒な授業のことなど耳にすら入らず、目線はあずちゃんを直視し、その目線だけに集中する。相変わらず、先生は僕を注意したり問題を答えさせようと差してくる。ウトウトと眠そうな瞳を開けあがら外を眺めるあずちゃんを無視する。もういないと言わんばかりな感じで。
自分でもキモいことに自覚はしている。しかし本心は嘘を付けない。いや、付くことが許されていない。誰でもない自分の命令で。
このままずっとあずちゃんを見ていたい。
「おい!」
大きな声で叱るせいで、集中していた視線が一瞬だが、揺れてしまった。
ずっと見ていたのに、先生のせいで...。
そう感じ、先生を一喝するために睨みつけて再び、隣の美しき者をガン見する。
「菫!なんだその態度は!!」
先生の大きなお腹と共にドシドシと地鳴りのような音が教室中に響いて近くになってやっと止まった。
「おい菫!」
叫びと同時に振り上げられた手が瞬時に、頬の当たりだろうか痛みが生じた。
いつも通りなのに...。今日は何故か印象的に感じる。
──やっぱり痛いな。
「な、なんだこれは!?!?!」
