踏み切りの鐘は三分間鳴る

「……」
 宛もなく歩いていればたどり着いたのは件の花壇の前だった。
 相沢と直したばかりの花壇は見るかげもなくて
「あれ、佐藤くん、どうしたの……って、花壇が……」
 その日も花壇の様子を見にきてくれた相沢はその散々な有り様に言葉を失う。
「せっかく直ったのにまたやられた」
 自分の口から漏れた声は、まるで自分の物じゃないみたいにか細かった。
 今回の花壇は俺だけの花壇じゃない。
 相沢と少ししかない休み時間を費やして直したもっと大切な物だった。
 だから余計に、ただ空しかった。
「それでやった奴殴って、花ごときで揉め事起こすなってさ、俺しばらく停学らしいけどもういいやって感じだからこれを機に辞めようかなって、どうせ最初から馴染めてなかったし」
 俺は言いながら頭をがしがしと掻く。
 やっぱり俺みたいな元ヤンが輪のなかに溶け込もうなんてのが最初から間違いだったのだ。
 親が高校くらいは出ておけって言うから惰性で通ってただけの場所。
 今時中卒でも働ける場所はあるし死にはしないだろう。
「そんな……」
「相沢と話してる時は……それなりに楽しかった、ありがとう」
 これは、事実だった。
 クラスメイトとも馴染めなかったし友達だっていなかったから学校なんて別に楽しくはなかった。
 それでも相沢に声をかけてもらって、花壇を直している少しだけの時間だけでも一緒に過ごすのは、唯一学校で楽しいと思えたことだったから。
「……辞めないでよ」
「……」
 そのまま学校を出てしまおう、そう思ったのに、相沢はそんな俺の後ろ姿にすがるような声を投げ掛けてきて、驚いた俺は振り返る。
「学校、辞めないで、しばらく休むのはいいと思う、停学中だけじゃなくて停学が終わってからも休むのもいいと思う、でも辞めないで、だからもし、また来ようって思えたらまた来てよ、私も佐藤くんと話をするのは、楽しかったから……」
「……」
 その時自分の心の中に浮かんだ感情に名前を付けるのは意外と簡単なことで、だからこそすぐには返事を出来なかった。
 だって、そんな気持ち初めて覚えたものだったし俺には無縁だって思っていたから。
「……ごめん、勝手なこと言って、もうすぐ休み時間終わるから、私行くね」
「あ、おいっ……」
 だけど相沢は俺が黙り込んだそれをきっと悪いほうにとらえていて、止める言葉も聞き入れずにそのまま去っていってしまった。
 停学になっている以上これ以上学校に居るわけにもいかず、それを気に相沢と話をする機会どころか会う機会すら俺は失った。
 あの日、ふと偶々自分の部屋の窓から見下ろした先に相沢を見つけたその時まで。