高校につながる緩やかな坂に植わっているソメイヨシノたちはまだ咲いていない。
今日でさよならする、深緑のブレザーの内ポケットの中で、スマホがぶるっと震えた。
無意識でスマホを手に取り、ポップアップした通知をタップする。
【小学校卒業した時にうちの庭に埋めたタイムカプセル、取りに来て。】というメッセージが1件届いていた。
差出人は一夏。小学生の時、仲が良かった5人グループのうちの1人だ。
【わかった】と無難な返事を入力フィールドに打ち込み、私は二度と来ることのない――いや、来ることができない校舎を振り返った。
特に大きな思い出はないけど、二度と来れないと思ったら何となくさみしく感じるのは自分勝手だろうか。
中高の同級生たちのインスタを流し見ながら、ゆっくり歩いて駅に向かう。
‐‐‐☆‐‐‐
ICOCAで改札を抜けて1番ホームで電車を待っていると、「みーゆー‼」と元気のいい声が私を振り返らせた。
「結良!」
彼女も小学生の時、仲が良かった5人グループのうちの1人だ。
「久しぶり。いっちゃんから連絡来たから真っ先に帰ったの」
いっちゃん、というのは一夏のことだろう。彼女は小学生時代からよくあだ名をつけて人のことを呼んでいた。
「そうなんだー。結良はどこの高校に進学したんだっけ?」
「ファッション系の女子高。制服自由って神じゃん?」
そう言って満面の笑みを浮かべる結良は、白いシャツに赤いリボン、チェックのスカートにベージュのブレザーという、モデルのようなコーデをしていた。
その姿を見た私はふと、彼女が小学生時代『この○○ってモデルの着こなしが最高すぎるんだよねー‼』とよく言っていたことを思い出した。
ファッション系の女子高というのは、もしかしたら結良のためにあるのかもしれない。
そんなつまらないことを考えていると、未祐はどこ進学したの?と話題を振られたので無難に返答する。
「普通科の共学のところ。偏差値も中の下ぐらいかね」
「そっかー。6年たつと人って変わるもんなんだね」
結良の感慨深そうな横顔を見つめていると、ホームに電車が滑り込んできた。
私たち2人は何も言わずにその電車に乗り込んだ。
空いている席に座るとほぼ同時に、電車がなめらかに走り出した。
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「結良ー!未祐―!」
6年前と変わらないポニーテールを揺らしながら、一夏がぶんぶんと手を振る。
「いっちゃーん‼」
結良がぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振ると、その動きに合わせて彼女の丸っこいボブヘアが跳ねた。
「おひさー。早くタイムカプセルほりほりしよーぜ」
6年前と変わらない口調で、晴陽がプラスチックのスコップを軽く振る。
「へーい」
ゆっきーこと、友樹がけだるげに返事をすると、「じゃあ、さっそく掘り返すぞー‼」と、一夏がニッと笑ってこぶしを突き上げた。
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「小学校の卒業式の時に作ったよな、これ」
小学生の時から変わらない、さっぱりした短髪をかきながら晴陽が懐かしそうな笑みを浮かべる。
「そうそう。埋めるときに友樹と晴陽が土かけ合戦して、私のお母さんに怒られてたよね」
ざくざくと土を掘り返して、小さい山を作りながら、一夏が口をとがらせると「いやー、それはなぁ」と、友樹がへらりと笑みを浮かべる。
昨日も会って遊んでいたような、6年間の空白を感じさせないような空気は何となく居心地が悪い。別に、このグループが嫌いなわけではないけれど。
私はちょっと俯いて、黄色いプラスチックのスコップを地面に突き立ててザクザクと土を掘ることに集中した。
制服が汚れるのもお構いなしに、一心不乱に地面を掘っていると、『ぺこっ』という感覚をわずかに感じた。
手を止めて制服の袖をまくり、素手で周りを掘っていくと、2Lのペットボトルが1本埋まっているのを見つけた。
「あったー!」
ペットボトルを持った左手を突き上げると、「おー、未祐おめでとー!」と一夏がスコップを置いて小さな拍手を送ってくれた。
「誰のだろー?」
ペットボトルについていた土を手で払い落として中身を確認する。
ペットボトル越しにわずかに残っていた文字は『YURA』だった。
8年前、小学4年生の時に初めて英語を習った時に「自分の名前、英語で書けたらおしゃれじゃない?」と、結良は笑っていた。
「お、未祐。それ結良に渡してあげな」
黄緑のスコップを持った友樹がずりずりとこちらに近寄ってきた。
「ちゃんとわたすよー。横領なんかしませんよーだ」
わざとらしく目をかっぴらいて友樹に返事してから、「結良―!タイムカプセルあったよー!」と、少し離れたところで土を掘っていた結良に大きく手を振った。
「やった!未祐、ありがとー!」
ボブヘアをふわふわ揺らしながら、結良が駆け寄ってくる。
「結良は何入れたの?」
「ゆっきーには教えないよ。未祐、みてみて」
いじわるだー、と大げさに口をとがらせる友樹に、一夏が「乙女のプライバシーの権利を侵害しちゃいけないんですー」と言い返す。
「プライバシーの権利、なつかしー」
晴陽が土を掘りながらそう言うと、「晴陽くん、プライバシーの権利とか覚えてるんだ。いがーい」と結良がはんなりした口調で毒を吐く。
「野球だけで高校いったから、勉強できないのは事実だな」
晴陽と友樹、一夏が談笑しているのを横目に、結良は「未祐には特別に見せるね」とペットボトル製タイムカプセルを開けた。
そこには服の形に折られた手紙、雑誌の切り抜きが入った小さなクリアファイル、そしてマカロンのモチーフがついたピンク色のヘアゴムが入っていた。
「このヘアゴムさ、未祐が誕プレでくれたやつなんだよ。もったいなくてあんま使えなかったんだけどね」
結良がつまんでいたヘアゴムをカプセルに戻すと、「未祐!お前のやつあったぞー‼」と晴陽が私を呼んだ。
「マジ?今行くー!」
晴陽が持っていたタイムカプセルには確かに『未祐』と書かれていた。
カッコつけて名前を漢字で書いてしまったせいで、『未祐』の『祐』が全体的に大きく、不格好になっている。
中身を見ようと蓋に手をかけると、晴陽と一夏が同時に「「見つかったー‼」」とこぶしを天に突き上げた。
「お前ら見つけるの早すぎだろ…全然見つかんねーんだけど」
友樹が地面を掘りながら、私たち4人に文句を言う。
「わかりにくいところに見つけるからですよー、ゆっきーさん?」
一夏が煽ると、「うるせーなぁ、気が散るから静かにしてくれよ」と友樹が大げさに眉間にしわを寄せた。
「私たち、帰る?」
結良がそう提案すると、「きょうまっつんたちと焼肉なの忘れてた!」と、晴陽が勢いよく立ち上がった。
大至急帰る、と言ってものすごいスピードで走り去っていった晴陽を見届けると、「未祐は?」ポニーテールを揺らしながら一夏がそう質問してきた。
「カプセルの中をもうちょっとゆっくり見たいな」と返答すると、「そっかー。また制服で写真とろー」と言って一夏は家に入っていってしまった。
「私も帰るね。ばいばい」
「またね、結良」
タイムカプセルを大事そうに胸に抱えて、結良がパタパタと走り去っていった。
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