タイムカプセル ~卒業おめでとう~


高校につながる緩やかな坂に植わっているソメイヨシノたちはまだ咲いていない。 

今日でさよならする制服の、深緑のブレザーの内ポケットの中で、スマホがぶるっと震えた。 

無意識でスマホを手に取り、ポップアップした通知をタップする。
 
【小学校卒業した時にうちの庭に埋めたタイムカプセル、取りに来て。】というメッセージが1件届いていた。

差出人は一夏(いちか)。小学生の時、仲が良かった5人グループのうちの1人だ。

【わかった】と無難な返事を入力フィールドに打ち込んで、送信ボタンの青い飛行機をタップするとため息がこぼれた。

それをごまかすように私は二度と来ることのない――いや、来ることができない校舎を振り返った。

思い出は片手で数えられるほどしかないけど、二度と来れないと思ったら何となくさみしく感じるのは自分勝手だろうか。

後ろから私を追い抜かした同級生たちの紅白の胸花(きょうか)が春風になびくのを見ていると、もうすぐ私も大人なんだな、と嫌でも実感させられた。

LINEを閉じて、左胸に咲く紅白の胸花を外してブレザーの内ポケットにしまう。

私は笑顔と最後の制服で満ちた中高の同級生たちのインスタストーリーをぽちぽち見ながら、ゆっくり歩いて駅に向かった。

‐‐‐☆‐‐‐

ICOCAで改札を抜けて1番ホームで電車を待っていると、「みーゆー‼」と元気のいい声が私を振り返らせた。

結良(ゆら)!」

彼女も小学生の時、仲が良かった5人グループのうちの1人だ。

「久しぶり。いっちゃんから連絡来たから真っ先に帰ったの」

いっちゃん、というのは一夏のことだろう。彼女は小学生時代からよくあだ名をつけて人のことを呼んでいた。

「そうなんだー。結良はどこの高校に進学したんだっけ?」

「ファッション系の女子高。制服自由っていいよね」

そう言って満面の笑みを浮かべる結良は、白いシャツに赤いリボン、赤のギンガムチェックのスカートにベージュのブレザーという『かわいい制服の見本』のようなコーデをしていた。

その姿を見た私はふと、彼女が小学生時代『この○○ってモデルの着こなしが最高すぎるんだよねー‼』とよく言っていたことを思い出した。

夢なんて特にない私にとって、好きなことを一途に続けている結良がまぶしくて、うらやましかった。

そんなことをぼんやりと考えていると、未祐(みゆ)はどこ進学したの?と話題を振られたので無難に返答する。

「普通科の共学のところ。至って普通って感じ」

「そっかー。」

結良の感慨深そうな横顔を見つめていると、ホームに電車が滑り込んできた。

私たち2人は何も言わず、予定調和のようにその電車に乗り込んだ。

空いている席に座るとほぼ同時に、電車がなめらかに走り出した。ソメイヨシノは、まだ咲いていない。

‐‐‐☆‐‐‐

「結良ー!未祐―!」

6年前と変わらないポニーテールを揺らしながら、一夏がぶんぶんと手を振る。

「いっちゃーん‼」

結良がぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振ると、彼女の丸っこいボブヘアがふわふわと跳ねた。

「おひさー。早くタイムカプセルほりほりしよーぜ」

6年前と変わらない口調で、晴陽(はるひ)がプラスチックのスコップを軽く振る。

「へーい」

ゆっきーこと、友樹(ゆうき)がけだるげに返事をすると、「じゃあ、さっそく掘り返すぞー‼」と、一夏がニッと笑ってこぶしを突き上げた。

‐‐‐☆‐‐‐

「小学校の卒業式の時に作ったよな、これ」

小学生の時から変わらない、さっぱりした短髪をかきながら晴陽が懐かしそうな笑みを浮かべる。

「そうそう。埋めるときに友樹と晴陽が土かけ合戦して、私のお母さんに怒られてたよね」

ざくざくと土を掘り返して、小さい山を作りながら、一夏が口をとがらせると「いやー、それはなぁ」と、友樹がへらりと笑みを浮かべる。

昨日も会って遊んでいたような、6年間の空白を感じさせないような空気は何となく居心地が悪い。別に、このグループが嫌いなわけではないけれど。

私はちょっと俯いて、黄色いプラスチックのスコップを地面に突き立ててザクザクと土を掘ることに集中した。

制服が汚れるのもお構いなしに、一心不乱に地面を掘っていると、『ぺこっ』という感覚をわずかに感じた。

手を止めて制服の袖をまくり、素手で周りを掘っていくと、2Lのペットボトルが1本埋まっているのを見つけた。

「あったー!」

ペットボトルを持った左手を突き上げると、「おー、未祐おめでとー!」と一夏がスコップを置いて小さな拍手を送ってくれた。

「誰のだろー?」

ペットボトルについていた土を手で払い落として、中身を確認する。

ペットボトル越しにわずかに残っていた文字は『YURA』だった。

8年前、小学4年生の時に初めて英語を習った時に「自分の名前、英語で書けたらおしゃれじゃない?」と、結良は笑っていた。

「お、未祐。それ結良に渡してあげな」

黄緑のスコップを持った友樹がずりずりとこちらに近寄ってきた。

「ちゃんとわたすよー。横領なんかしませんよーだ」

わざとらしく目をかっぴらいて友樹に返事してから、「結良―!タイムカプセルあったよー!」と、少し離れたところで土を掘っていた結良に大きく手を振った。

「やった!未祐、ありがとー!」

ボブヘアをふわふわ揺らしながら、結良が駆け寄ってくる。

「結良は何入れたの?」

「ゆっきーには教えないよ。未祐、みてみて」

いじわるだー、と大げさに口をとがらせる友樹に、一夏が「乙女のプライバシーの権利を侵害しちゃいけないんですー」と言い返す。

「プライバシーの権利、なつかしー」

晴陽が土を掘りながらそう言うと、「晴陽くん、中3のプライバシーの権利とか覚えてるんだ。いがーい」と結良がはんなりした口調で毒を吐く。

「野球だけで高校いったから、勉強できないのは事実だな」

晴陽と友樹、一夏が談笑しているのを横目に、結良は「未祐には特別に見せるね」とペットボトル製タイムカプセルを開けた。

そこには服の形に折られた手紙、雑誌の切り抜きが入った小さなクリアファイル、そしてマカロンのモチーフがついたピンク色のヘアゴムが入っていた。

‐‐‐☆‐‐‐

「このヘアゴムさ、未祐が誕プレでくれたやつなんだよ。もったいなくてあんま使えなかったんだけどね」

結良がつまんでいたヘアゴムをカプセルに戻すと、「未祐!お前のやつあったぞー‼」と晴陽が私を呼んだ。

「マジ?今行くー!」

晴陽が持っていたタイムカプセルには確かに『未祐』と書かれていた。

カッコつけて名前を漢字で書いてしまったせいで、『未祐』の『祐』が全体的に大きく、不格好になっている。

中身を見ようと(ふた)に手をかけると、晴陽と一夏が同時に「「見つかったー‼」」とこぶしを天に突き上げた。

「お前ら見つけるの早すぎだろ…全然見つかんねーんだけど」

友樹が地面を掘りながら、私たち4人に文句を言う。

「わかりにくいところに見つけるからですよー、ゆっきーさん?」

一夏が煽ると、「うるせーなぁ、気が散るから静かにしてくれよ」と友樹が大げさに眉間にしわを寄せた。

「私たち、帰る?」

結良がそう提案すると、「きょうまっつんたちと焼肉なの忘れてた!」と、晴陽が勢いよく立ち上がった。

大至急帰る、と言ってものすごいスピードで走り去っていった晴陽を見届けると、「未祐は?」ポニーテールを揺らしながら一夏がそう質問してきた。

「カプセルの中をもうちょっとゆっくり見たいな」と返答すると、「そっかー。また制服で写真とろー」と言って一夏は家に入っていってしまった。

「私も帰るね。ばいばい」

「またね、結良」

タイムカプセルを大事そうに胸に抱えて、結良がパタパタと走り去っていった。

‐‐‐☆‐‐‐

その場に残された友樹と私は何をするでもなくその場にしゃがんでいた。

春風が私の制服と髪を揺らす。

「あ、みつけた!」

「マジ⁉みせてみせて」

友樹のペットボトルタイムカプセルには青色のホログラムがついたマスキングテープがぐるぐる巻かれていた。

「テープ巻きすぎてなかなか開かない…」

「開けよっか?」

友樹のタイムカプセルに手を伸ばすと、「ちゃんと自分で開けるから」と体を反対に回されてしまった。

「暇だったら中身見てていいから」

お言葉に甘えてタイムカプセルを開ける。

そこにあったのは、小さな封筒に入った手紙と白い有線イヤホン、そして何重にも包まれてテープでぐるぐる巻きにされている何かだった。

封筒を止めていた猫のシールをそっとはがし、中身を取り出す。

「えー、『6年後の私へ。6年後の私は、じゅう医さんになれていますか?』」

そういえば小学生時代、獣医になりたいなんて思っていたな…そんなことはすっかり忘れて中高の進路希望調査票のなりたい職業の欄には『安定して稼げる仕事』って書いてたけど。

懐かしい思い出を回顧していると「未祐」と真剣な友樹の声が私を呼んだ。

「なに?」

手紙を折りたたんで封筒に戻してからばっと振り返ると、彼の右手の指の中には金色に光る何かがあった。

「付き合ってくれ」

「え、えっ?」

手紙を地面に置いてきょろきょろしていると一夏がにやにやしながら親指をぐっと突き立てているのが見えた。

暢気なことやってんじゃねーよ、と叫びだしたくなったけど、私は彼の右手に、左の薬指をそっと滑り込ませた。

冬の持久走の後みたいに、耳が熱いし痛い。頬も熱い。

友樹が私の左薬指からそっと手を離して、ぎゅっとこちらに体重をかけてくる。

「人んちでいちゃつくなー‼」

甘い雰囲気をぶち壊したのは、やっぱり、というか案の定一夏だった。

「じゃ、じゃあほかの場所ならいい?」

普段は冷静な友樹の耳がわずかに赤い。花冷えの寒さのせいということにしといてあげよう。

「うん」

2人タイムカプセルを抱えて、土で汚れた制服を手で払う。

6年前の卒業式のあの日と同じ場所で、6年前とはちがう気持ちが、そっと芽吹いて花咲いた。

ソメイヨシノはまだ咲いていないけど、私の心は満開だ。