あれから、唯とのやり取りは途切れることがなかった。
短い言葉でも、送られてくるスタンプでも、
画面の向こうで彼女が笑っているのが手に取るようにわかる。
その小さなやり取りが、仕事で荒れた日でも、不思議と心を整えてくれた。
……もちろん、本人はそんなつもりはないんだろうけど。
金曜の夜、思ったより早く仕事が片付いた。
sugarには間に合いそうで、胸の奥が少しだけ軽くなる。
“唯いるかな。”
ただそれだけなのに、やけに大事なことみたいに思えてしまう。
⸻
店に入って最初に目に入ったのは、
カウンターで笑う唯と、見知らぬ男が差し出したグラスだった。
胸の奥がぎゅっと掴まれる。
理由なんて、考えなくても分かる。
男の声が聞こえる。
「連絡先教えてよ」
唯が携帯を取り出そうとした、その一瞬で身体が勝手に動いた。
「唯。」
名前を呼ぶ声は、自分でも驚くほど低かった。
唯は振り返り、ほっとしたように、嬉しそうに笑う。
「あ! こうちゃん。今日、仕事早く終わったの?」
その顔を見た瞬間、さっきまでのざらついた感情が一気に消えていく。
代わりに胸の内に広がったのは、安堵だった。
「仕事早く終わったんだ。……唯、煙草吸いたい」
ただ外に連れ出したかった。
あの場に置いておきたくなかった。
その衝動を、うまく誤魔化せる言葉が他になかった。
⸻
デッキに出ると、夜風が唯の肩を撫でた。
薄い布から覗く肌が、目に刺さる。
「……肩、出てる。風邪引くよ」
本当は、
“そんな格好で男に声かけられるなよ”
と言いたかった。
けれど、それを言える立場じゃない。
唯はくるりと回って見せる。
「可愛い?! これ新しい服なんだよ。一目惚れして買っちゃった!」
可愛い。
そんなの当たり前だ。
そう思いすぎて困っている。
「……はいはい。可愛い、可愛い。」
茶化すので精一杯だった。
唯の手からグラスを取って口をつける。
強い酒で、思わず眉が動いた。
「これ、強い酒。唯にはまだ早い。」
本当は、
“誰に勧められたの?”
と聞きたかった。
「またそうやって子供扱いする〜」
その拗ねた声が、胸の奥に痛いほど響く。
子供扱いなんかしたいわけじゃない。
ただ――唯が無自覚すぎて怖い。
そして、誰かに持っていかれる気がして、たまらなく嫌になる。
「仕方ないでしょ。八つ年下なんだから。
……今日はDJやらない。一緒に音、楽しも。
……大人しくここにいて。」
“ここにいてほしい”
“離れてほしくない”
言葉にできるのは、この程度だった。
頭に手を置く。
触れた指先から、じんわりと熱が伝わる。
本当はただ撫でたいだけじゃない。
確認しているんだ。
“俺の隣にいてくれるか”ということを。
なのに唯は、何も気づかずにいつもの笑顔を見せる。
その無邪気さが、好きで、苦しくて、どうしようもなかった。
静かな夜。
音の隙間で、ふと彼女の横顔に見とれてしまう。
気づけば息を呑んでいた。
それでも唯は、なにも気づいていない。
“唯はまだ知らない。
俺がどれだけ、君に振り回されてるか。”
音に溶けるように、距離はまた少しだけ縮まる。
そのくせ、踏み越える勇気はまだ胸の奥で燻ったままだ。
⸻
唯。
俺がどれだけ言葉を飲み込んでいるか、
どれだけ気持ちを抑えているか、
きっと君は知らない。
子供扱いなんてしたくない。
本当は――
年なんか関係なく、ひとりの“女の子”として見てる。
でも、君の無邪気さに触れるたびに、
その感情を出せない理由を思い知らされる。
君が笑えば嬉しい。
誰かが近づくと息が詰まりそうになる。
……もし君がもう少し大人だったら、
なんて俺も何度思っただろう。
けれどたぶん、
一番君を苦しめる“大人”は俺なんだ。
気づいてほしいのに、気づかれたら困る。
そんな矛盾の中で、今日もまた揺れている。
それでも――
今、こうして隣にいてくれることが、
何よりの救いだった。
短い言葉でも、送られてくるスタンプでも、
画面の向こうで彼女が笑っているのが手に取るようにわかる。
その小さなやり取りが、仕事で荒れた日でも、不思議と心を整えてくれた。
……もちろん、本人はそんなつもりはないんだろうけど。
金曜の夜、思ったより早く仕事が片付いた。
sugarには間に合いそうで、胸の奥が少しだけ軽くなる。
“唯いるかな。”
ただそれだけなのに、やけに大事なことみたいに思えてしまう。
⸻
店に入って最初に目に入ったのは、
カウンターで笑う唯と、見知らぬ男が差し出したグラスだった。
胸の奥がぎゅっと掴まれる。
理由なんて、考えなくても分かる。
男の声が聞こえる。
「連絡先教えてよ」
唯が携帯を取り出そうとした、その一瞬で身体が勝手に動いた。
「唯。」
名前を呼ぶ声は、自分でも驚くほど低かった。
唯は振り返り、ほっとしたように、嬉しそうに笑う。
「あ! こうちゃん。今日、仕事早く終わったの?」
その顔を見た瞬間、さっきまでのざらついた感情が一気に消えていく。
代わりに胸の内に広がったのは、安堵だった。
「仕事早く終わったんだ。……唯、煙草吸いたい」
ただ外に連れ出したかった。
あの場に置いておきたくなかった。
その衝動を、うまく誤魔化せる言葉が他になかった。
⸻
デッキに出ると、夜風が唯の肩を撫でた。
薄い布から覗く肌が、目に刺さる。
「……肩、出てる。風邪引くよ」
本当は、
“そんな格好で男に声かけられるなよ”
と言いたかった。
けれど、それを言える立場じゃない。
唯はくるりと回って見せる。
「可愛い?! これ新しい服なんだよ。一目惚れして買っちゃった!」
可愛い。
そんなの当たり前だ。
そう思いすぎて困っている。
「……はいはい。可愛い、可愛い。」
茶化すので精一杯だった。
唯の手からグラスを取って口をつける。
強い酒で、思わず眉が動いた。
「これ、強い酒。唯にはまだ早い。」
本当は、
“誰に勧められたの?”
と聞きたかった。
「またそうやって子供扱いする〜」
その拗ねた声が、胸の奥に痛いほど響く。
子供扱いなんかしたいわけじゃない。
ただ――唯が無自覚すぎて怖い。
そして、誰かに持っていかれる気がして、たまらなく嫌になる。
「仕方ないでしょ。八つ年下なんだから。
……今日はDJやらない。一緒に音、楽しも。
……大人しくここにいて。」
“ここにいてほしい”
“離れてほしくない”
言葉にできるのは、この程度だった。
頭に手を置く。
触れた指先から、じんわりと熱が伝わる。
本当はただ撫でたいだけじゃない。
確認しているんだ。
“俺の隣にいてくれるか”ということを。
なのに唯は、何も気づかずにいつもの笑顔を見せる。
その無邪気さが、好きで、苦しくて、どうしようもなかった。
静かな夜。
音の隙間で、ふと彼女の横顔に見とれてしまう。
気づけば息を呑んでいた。
それでも唯は、なにも気づいていない。
“唯はまだ知らない。
俺がどれだけ、君に振り回されてるか。”
音に溶けるように、距離はまた少しだけ縮まる。
そのくせ、踏み越える勇気はまだ胸の奥で燻ったままだ。
⸻
唯。
俺がどれだけ言葉を飲み込んでいるか、
どれだけ気持ちを抑えているか、
きっと君は知らない。
子供扱いなんてしたくない。
本当は――
年なんか関係なく、ひとりの“女の子”として見てる。
でも、君の無邪気さに触れるたびに、
その感情を出せない理由を思い知らされる。
君が笑えば嬉しい。
誰かが近づくと息が詰まりそうになる。
……もし君がもう少し大人だったら、
なんて俺も何度思っただろう。
けれどたぶん、
一番君を苦しめる“大人”は俺なんだ。
気づいてほしいのに、気づかれたら困る。
そんな矛盾の中で、今日もまた揺れている。
それでも――
今、こうして隣にいてくれることが、
何よりの救いだった。

