この前の出来事を、私は澄香に話した。
 居酒屋のテーブルにはお酒のグラスが並び、私のうまくない説明にも、澄香は相槌をうちながら最後まで聞いてくれる。

「唯、唯はきっとこうちゃんのこと好きなんだよ」

「そうなのかな? これが“好き”なのかな。私、こうちゃんといると……安心はする。」

「じゃあさ、寂しいときだけ利用して、都合いいときだけいてほしいって感じ?」

 澄香の問いに、私はぶんぶんと頭を振った。

「ちがう。そんなのじゃない」

「でしょ。唯はきっと経験があまりないだけだよ。そういうのを人はね、“好き”とか“気になってる”って言うんだよ」

 諭すように言われて、私はようやく自分がどれだけ子供っぽいのかを知る。

「好きは好きだけど…仲良し……だけど……」

「あんたさ、本当に可愛いのに全然本人が気づいてないし。無邪気な子供みたいなんだよね。こうちゃんがほっとけないって気持ち、わかるわ」

 澄香はそう言って笑った。

 ――好き?

 安心する。嬉しい。楽しい。
 今の私に当てはまるのはそのくらいで、気持ちはやっと芽が出たばかりだった。

 酔いが回って、ふいに晃哉の声が聞きたくなった。

「バカ唯~!酔った時に声を聞きたくなるのが“好き”なのー!」

 澄香が茶化しながら笑い、私は晃哉の仕事が終わる時間に電話をかけた。
 コールがいつもより少し長く鳴ったあと、晃哉が出た。

「もしもし、唯、今仕事終わったよ。…飲んでたの?」

「うん。今、澄香とちょっと飲んでた。お疲れ様ぁ。なんかね、こうちゃんに会いたくなっちゃった。だめ?」

 裏も下心もないその言葉に、澄香がくすっと笑う。

「うわ、唯、完全に酔っ払ってるっしょ?」

「酔ってないよぉ……だめ?やだ?」

 悲しそうに言う私に、晃哉は優しい声で返した。

「なんも大丈夫だよ。迎えに行くよ」

 素直すぎる私を見て、澄香は「こうちゃんも大変だね」と笑っていた。

 澄香と別れ、私は晃哉の車へ向かう。

「こうちゃーん! 」

「ほら、水飲みな」

 差し出されたペットボトルも、彼の声も、全部が優しい。
 助手席に座る私のミニスカートからのぞく白い足を見て

「……またそんな短いの履いて。パンツ見えるって」

 やれやれと言いながら、そっとシャツをかけてくれる。

「こうちゃん、優しいね。来てくれてありがとう。いろいろ語ってたら飲みすぎちゃったぁ…」

「何話してたの?」

「澄香と大輔のー……シーッ!」

 楽しそうにきゃっきゃと笑う私に、晃哉も思わず笑ってしまう。

「あとね、こうちゃんって優しいんだって話してたのぉ」

「…そうか? きっと唯には優しいね、俺」

 晃哉の家に着いた途端、私は眉をしかめた。

「…うー…気持ち悪い」

「吐きな。すっきりするから」

 背中をさすってくれる手は、相変わらずあったかい。

「やだ、見ないでよぉ。恥ずかしい」

「そんなこと言ってる場合じゃないから、ほら」

 全部、介抱してくれた。

 晃哉は、いつものように私の好きな曲を流してくれる。

「あ、sweetbox……」

 小さくつぶやくと、力が抜けてソファに沈んだ。

「こうちゃん……眠ーい……」

「家まで送る?」

「うん……うん……」

 そう言いつつも動けない私を見て、晃哉は布団を敷き始める。

「ほら、ここで寝な。俺も明日朝イチで仕事だから寝るからね?」

「えー……こうちゃんごめんね。本当は無理させちゃった?…ゆいのこと嫌いにならないでね…?」

「なんもだよ。大丈夫、嫌いにならないよ。」

「ねぇ……こうちゃんに会いたくなったら、また電話していい?」

「いいよ。仕事中で出れないときでも、必ずかけ直すから」

「うん……こうちゃん大好き~」

「はいはい。早く寝な笑」

「……いっしょに寝よー……笑」

「バカでしょ。ゆっくり寝な」

 そう言いながらも、晃哉は襖を閉めずに自分の部屋へ行った。

「おやすみ」

 返事はもうなかった。

 ――唯が眠ったのを確認して。

「……おやすみ、唯」

 晃哉の小さな声だけが、静かに残った。

 ねぇ、こうちゃん。

 いつの間にか私は、優しいこうちゃんに甘えるようになっていたんだね。
 いつでも優しいから、無理させてるんじゃないかって不安だったのに
――困らせてばかりの私を、あなたはいつも包んでくれた。

 ねぇ、こうちゃん。

 “おやすみ”って、もう一度聞きたいよ…
 どうしようもない私のこと、バカだなって、もう一度笑ってよ…