好きって送れなかった

朝のホームルームが始まる直前。
教室の空気は、いつもよりほんの少しだけ重かった。
……いや、重くしているのは、きっと私自身だ。

心葉は、教室のドアを開ける前、深呼吸を一つ。
できるだけ自然に振る舞おうと、自分の顔をスマホのインカメで確認する。

(大丈夫。何もなかったフリすればいい。
 大丈夫、私ならできる。大丈夫、大丈夫……)

でも――

「おはよー、心葉ちゃん。…顔、赤くない?大丈夫?」

「おはよー!大丈夫だよ、気の所為じゃない?」

親友の美咲(みさき)が早々勘付かれる。
ありきたりな誤魔化し方だけど、大丈夫だろうか。

「そう?あ、昨日の夜、LIME返してなかったじゃん。
 何してたの〜?」

美咲の何気ない声が、刺さる。

(なにって……事故的に好きな人に告白して、既読されて、返信きて、寝れなかったんだよ〜!!)

そんなこと、言えるはずもなく、ぎこちなく笑ってごまかす。

そして、教室に入った瞬間。
目が合った。

悠翔くんと。

彼はいつもと同じ、無表情に近い顔でこちらを見ていた。
でも――なぜだろう、昨日までとは違う何かがある気がした。

_______

「おれも、ずっと気になってた」

 ̄ ̄ ̄ ̄

昨日、悠翔くんが最後に送ってきてくれた文が、頭の中でリピートされる。

(いやいや、そんなことないでしょ。多分バグだよね。
 誰かに送ろうとしてたんだよ。きっとそう。
 だって、そのせいで私のあの下書きも、送っちゃった
 んだから…) 

心葉は目をそらし、何事もなかったように席につく。

(お願い、話しかけてこないで……)

隣に座っているのが、昨日までとはまるで別の人に感じた。
距離は近いのに、心はすごく遠い。

(バレた。気持ちが、バレた)

(あんなの、下書きのはずだったのに……)

休み時間。
ずっとスマホを開けずにいたが、やっとの思いでLIMEを起動する。

_______

【悠翔くん】

「昨日のこと、気にしてないから。」
「でも、できたら……ちゃんと、話せたら嬉しい」

 ̄ ̄ ̄ ̄

(話す、って……?)
正直、逃げたかった。
だって恥ずかしいもん。
でも、それ以上に…「嬉しい」って言葉が、心葉の胸に残って離れなかった。

放課後。
机の上に置かれたスマホに、ふたたびLIMEの通知が来る。

_________

【悠翔くん】

「屋上、来れる?」


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

(行く、行けない、無理、やめとこ……
 いや……行くしかない)

たった数歩の階段が、異様に長く感じた。
地獄の階段をずっと上がっているようだった。

屋上は、思ったより静かだった。
風が吹き抜け、グラウンドの音が遠くに聞こえる。
悠翔は、フェンスの近くに立っていた。
スマホをポケットに入れて、空を見ている。
それだけで、絵になってしまうのはずるいと思う。
ほんの少しだけ見惚れて我にかえる。
また、顔が赤くなってしまった。

心を落ち着かせる為に深呼吸をし、扉に手をかける。

心葉が扉を開けた音に気づき、彼が振り返った。

「……来てくれて、ありがとう」

低くて、でも優しい声だった。

「ほんとは、俺が行くべきだったかもだけど。
 なんか……うまく言えないタイプだから」

「…私も」

心葉も、ぽつりと返す。
心臓の鼓動が早い。逃げたくなる。
でも、それ以上に、聞きたいことがある。

「昨日のメッセージ、ほんとに、届いてたんだよね?」

「うん。読んだ」

悠翔は、照れたように笑った。それが、意外だった。

だって、あんなに告白されて、淡々と断ってる人。
だって、ありきたりな告白文だったでしょ?
だって、なにより普段の彼は、どこか冷たくて、何考えてるかわからない雰囲気をまとっている人なのに。

「実はさ。俺も、同じことしてたんだよ」

「……え?」

「LIMEの“下書き”に。君へのメッセージ、書いてた」

一瞬、時間が止まったように感じた。

「話しかけたくて。でも、なんて言えばいいか分からなくて。だから、下書きにずっと残してたんだ」

「でも……君のメッセージ、届いた時さ。なんかもう、言わなきゃって思った」

悠翔は、スマホを取り出して、画面を見せてくる。
そこには、彼のLIMEアプリの「下書き一覧」が表示されていた。

一番上のメッセージには、こう書かれていた。

______

「朝比奈さんのこと、気になってる。
隣の席になってから、毎日。」

 ̄ ̄ ̄

「……ずるい」
心葉は、思わず笑っていた。
気づいたら、涙が出そうになっていた。

「なんで、下書きばっかりなんだろうね。お互い」

「……臆病だから、じゃない?」

「うん。たぶん」

風が、二人の間をやさしく吹き抜ける。

その風が、昨日までの不安を少しだけ、連れ去ってくれた気がした。

ふたりだけが知っている、ふたりだけの秘密。
それは、少しずつ“恋”に近づいていく。