好きって送れなかった

 文化祭当日の朝。
 校舎全体がざわめきに包まれ、色とりどりの装飾と笑い声が空気をきらめかせていた。

 舞台の控室では、演劇部の仲間たちが落ち着かない様子で台本をめくっている。

 そんな中、美咲がふっと立ち上がり、私の手をそっと握った。


 「……心葉。やっぱり、私じゃだめみたい」


 「え? どういうこと……?」


 不安が胸に広がる。
 けれど、美咲は力なく笑った。その笑顔は、作りものみたいにぎこちなくて、見ているだけで苦しくなる。


 「最後の告白シーン…本当に必要なのは心葉だと思う。
 舞台のヒロインだけじゃなくて……たぶん、悠翔くん
 に届くのも」


 その言葉に、息が詰まった。


 「美咲……でも、それじゃ——」

 「いいの」


 美咲は遮るように首を振った。
 涙をこらえた瞳の奥に、“親友”としての強さが宿って
 いた。


 「私は、心葉の隣でずっと応援してきた。だから最後も……背中を押させて」


 ——もう逆らえなかった。
 彼女の気持ちが痛いほど伝わってしまったから。


 「……わかった」


 小さく頷いた瞬間、胸の鼓動が早鐘のように打ち始める。
 文化祭、みんなの前で。悠翔くんの隣で。
 私がヒロインを演じるなんて——。

 ***

 舞台の幕があがる。
 緊張で足が子鹿のように震えてしまう。
 それをなんとか、ぐっと抑えて悠翔くんを見つめる。
 本当なら跪き、「君が好きでした」とだけ言う場面。
 けれど彼は一拍置いて、まっすぐ私を見た。


 「……心葉。ずっと、好きだった。」


 (え…?今、なんて…)


 「優しいとこも、負けず嫌いなとこも……全部。
 君に惹かれたんだ」


 ——心臓が跳ねた。
 演技なんかじゃない。
 その声音も、視線も、全部が私にだけ向けられている。
 そして、彼は跪き、手を差し伸べた。

 「佐久間 悠翔は、朝比奈 心葉が好きです」


 「えっ……!」


 客席が一斉にざわめき、黄色い歓声や「キャー!」という声が飛び交った。
 驚きと期待、羨望が混じった反応に包まれる。

 それでも、もう聞こえなかった。
 私は彼の世界に飲み込まれていた。


 「……私も。悠翔くんが、好き。
 ずっと、本当に。」


 涙があふれて、頬を伝う。
 悠翔くんの手をそっと握った瞬間、観客の拍手と歓声
 がさらに大きく鳴り響いた。
 体育館全体が喜びで震えるような、そんな刹那。
 大歓声の中、幕が下りる。

 けれど最後まで、私たちは互いを見つめ合っていた。
 ——幕が閉じても、心だけはまだ重なり続けていた。

 ***

 舞台袖に戻ると、美咲が待っていた。
 彼女の頬には涙の跡。
 けれど、その瞳はやさしい光で満ちていた。


 「あのっ…美咲。譲ってくれて、ありがとう」


 「……バカだね、心葉」


 「え……?」


 次の瞬間、強く抱きしめられる。
 震える声が耳元でささやいた。


 「でも……よかった。
 だって、やっと本当の心葉を見られたから」


 胸が締めつけられる。
 彼女は“譲ったんじゃなくて、“支えて”くれたんだ。


 「美咲……ありがとう」


 声が震える。
 けれど、その背中を抱き返した手には、確かな想いが宿っていた。

 ——舞台は終わった。

 でも、私たちの物語は、ここから続いていく。
 恋も、友情も。
 すべてを抱えたまま、新しい幕が上がるように。