社会資料室のドアを勢いよく開いた瞬間、
空間はしんと静まり返っていた。
「……あれぇ!?いない!?
またどこか行ったのかなぁ~~?」
最初の全力疾走の反動で力が抜け、美羽はへなへなと床に座り込む。
そのとき、廊下から柔らかい声がした。
「あら、雨宮さん?どうかしたの?」
振り向くと保健の先生がファイルを抱えて立っていた。
「先生!椿くんを探してるんです!見かけませんでしたか!?」
先生は少し考え、
「そういえば、さっき体育で足首をねんざした男子生徒がいてね。
たまたま通りかかった北条くんが保健室まで連れて行ってくれたわよ。
今なら保健室にいるんじゃないかしら?」
「保健室か!!ありがとうございます先生!!」
美羽は反射的に礼を言い、風のように走り去っていった。
保健の先生はぽつりと呟いた。
「元気ねぇ……あの子」
ドアをゆっくり開けると、ベッドの上で足首を氷嚢で冷やす男子生徒がいた。
美羽は駆け寄り、勢いよく尋ねる。
「あの!君!椿くんと一緒じゃなかった!?
どこ行ったか知らない!?」
男子生徒はびくっとしてから答えた。
「え?あぁ……北条くんなら、さっき理科の先生に呼ばれて……
科学室Aに向かっていった、みたいだけど……」
「ありがとう!!誰だかわからないけど君!!本当にありがとう!!」
美羽は飛び出していった。
男子生徒は、ぽつんと残され、寂しそうに呟く。
「ちなみに僕の名字は…公田(きみた)……なんだけどな……」
「なんで今日に限って会えないの~~!?
これは神様のいたずらってこと!?」
科学室へ向かう廊下で、美羽の嘆きが響く。
ドアを開けると、ビーカーを片づけていた理科の先生が顔を上げた。
「おや、雨宮さん。どうしたんだい?授業の質問かな?」
美羽の肩は上下し、ほとんど泣きそうだ。
「椿くん……探してて……ぜぇ……ぜぇ……」
理科の先生は「あぁ」と頷いた。
「北条くんならさっきまでいたんだがね。国語の先生に――」
「……もういいです……ありがとうございました……」
美羽は涙目でドアをそっと閉めた。
理科の先生はぽりぽりと頭をかく。
「図書室って教えてあげようと思ったんだがなぁ……」
昼の図書室は静かで、紙の匂いがやわらかく漂っていた。
美羽はふらふらと中に入り、近くの机に突っ伏した。
「はぁぁ……結局聞けなかったぁ……
こんなにも会えないなんて……占いどころか運すらないじゃん……」
疲れと緊張の糸が切れ、ふわりと瞼が落ちた。
静かな木漏れ日のなか、小さく寝息がこぼれる。
*
そして、ようやく。
しばらくして、奥の棚のほうから足音がした。
「ありがとう北条君。いい古文資料が見つかったよ。
さすがだね。助かったよ。」
年配の国語教師が満足げに笑い、椿は軽く頭を下げた。
「いえ、先生のセンスがあってこそですよ。」
「まったく、君は学園イチ頼りになるねぇ。」
先生が去ると、図書室に再び静けさが満ちる。
椿も出ようと歩き出したところで――
視界の端に、見慣れた栗色の髪が揺れているのが見えた。
机に伏せるように眠る美羽。
椿は少し目を見開き、
「はぁ……」と呆れたように、けれど優しく笑った。
近づき、隣の椅子に腰を下ろす。
「おい、美羽。
こんなとこで寝てたら風邪ひくぞ。起きろ。」
肩に触れ、そっと揺らした。
美羽の指がぴくりと動き、
ゆっくりとまつ毛が上がる。
「……ん……つ、椿くん……?」
光の射す場所で目を開けた美羽は、夢と現実の境がわからないまま椿を見つめた。
椿はその寝ぼけ顔に少し頬をゆるめた。
「……何してんだよ、こんなとこで。」
美羽の胸が、ほっと音を立てた。
――ようやく、会えた。
空間はしんと静まり返っていた。
「……あれぇ!?いない!?
またどこか行ったのかなぁ~~?」
最初の全力疾走の反動で力が抜け、美羽はへなへなと床に座り込む。
そのとき、廊下から柔らかい声がした。
「あら、雨宮さん?どうかしたの?」
振り向くと保健の先生がファイルを抱えて立っていた。
「先生!椿くんを探してるんです!見かけませんでしたか!?」
先生は少し考え、
「そういえば、さっき体育で足首をねんざした男子生徒がいてね。
たまたま通りかかった北条くんが保健室まで連れて行ってくれたわよ。
今なら保健室にいるんじゃないかしら?」
「保健室か!!ありがとうございます先生!!」
美羽は反射的に礼を言い、風のように走り去っていった。
保健の先生はぽつりと呟いた。
「元気ねぇ……あの子」
ドアをゆっくり開けると、ベッドの上で足首を氷嚢で冷やす男子生徒がいた。
美羽は駆け寄り、勢いよく尋ねる。
「あの!君!椿くんと一緒じゃなかった!?
どこ行ったか知らない!?」
男子生徒はびくっとしてから答えた。
「え?あぁ……北条くんなら、さっき理科の先生に呼ばれて……
科学室Aに向かっていった、みたいだけど……」
「ありがとう!!誰だかわからないけど君!!本当にありがとう!!」
美羽は飛び出していった。
男子生徒は、ぽつんと残され、寂しそうに呟く。
「ちなみに僕の名字は…公田(きみた)……なんだけどな……」
「なんで今日に限って会えないの~~!?
これは神様のいたずらってこと!?」
科学室へ向かう廊下で、美羽の嘆きが響く。
ドアを開けると、ビーカーを片づけていた理科の先生が顔を上げた。
「おや、雨宮さん。どうしたんだい?授業の質問かな?」
美羽の肩は上下し、ほとんど泣きそうだ。
「椿くん……探してて……ぜぇ……ぜぇ……」
理科の先生は「あぁ」と頷いた。
「北条くんならさっきまでいたんだがね。国語の先生に――」
「……もういいです……ありがとうございました……」
美羽は涙目でドアをそっと閉めた。
理科の先生はぽりぽりと頭をかく。
「図書室って教えてあげようと思ったんだがなぁ……」
昼の図書室は静かで、紙の匂いがやわらかく漂っていた。
美羽はふらふらと中に入り、近くの机に突っ伏した。
「はぁぁ……結局聞けなかったぁ……
こんなにも会えないなんて……占いどころか運すらないじゃん……」
疲れと緊張の糸が切れ、ふわりと瞼が落ちた。
静かな木漏れ日のなか、小さく寝息がこぼれる。
*
そして、ようやく。
しばらくして、奥の棚のほうから足音がした。
「ありがとう北条君。いい古文資料が見つかったよ。
さすがだね。助かったよ。」
年配の国語教師が満足げに笑い、椿は軽く頭を下げた。
「いえ、先生のセンスがあってこそですよ。」
「まったく、君は学園イチ頼りになるねぇ。」
先生が去ると、図書室に再び静けさが満ちる。
椿も出ようと歩き出したところで――
視界の端に、見慣れた栗色の髪が揺れているのが見えた。
机に伏せるように眠る美羽。
椿は少し目を見開き、
「はぁ……」と呆れたように、けれど優しく笑った。
近づき、隣の椅子に腰を下ろす。
「おい、美羽。
こんなとこで寝てたら風邪ひくぞ。起きろ。」
肩に触れ、そっと揺らした。
美羽の指がぴくりと動き、
ゆっくりとまつ毛が上がる。
「……ん……つ、椿くん……?」
光の射す場所で目を開けた美羽は、夢と現実の境がわからないまま椿を見つめた。
椿はその寝ぼけ顔に少し頬をゆるめた。
「……何してんだよ、こんなとこで。」
美羽の胸が、ほっと音を立てた。
――ようやく、会えた。



