美羽のスマホから流れてきたのは、椿の低く鋭い声だった。

『美羽、今どこだ?』

――のはずだった。
だが、電話に出たのは美羽ではなく、秋人。

「もしもし椿? なんでそんな怖い声出してるのさ。久しぶりの親友の声、嬉しくないの~?」

クスクスと余裕の笑みがにじむ声。
美羽はリボンで拘束されたまま、必死に首を振った。

(や、やめて秋人くん!!椿くんがキレる!!)

案の定、スマホからは低温爆発寸前の声が返ってきた。

『……秋人。なんでお前が出てんだよ。美羽はどうした。』

「そんなに怒らないでよ椿~。ちゃんと美羽ちゃんの側にいるって。」

『ふざけんな。場所を言え。』

完全に怒ってる。
スマホ越しでも伝わる殺気に、美羽は涙目になった。

「ち、違うの椿くん!!わ、私は大丈夫だから!!」

必死に叫ぶ美羽の声を遮るように、秋人が意地悪く囁いた。

「美羽ちゃんは無事だよ?ただ、今は俺の下で身動きとれない――」

その瞬間。

ドガァァァン!!

空き教室の扉が、爆撃みたいな轟音とともに吹き飛んだ。

その扉は見事に秋人の身体に直撃し、秋人は白目をむいて床に崩れ落ちた。

美羽はぽかーんと固まり、ゆっくり扉の方を見る。

教室の入り口に――
濡れた黒髪をゆるく揺らし、静かな怒気をまとった椿が立っていた。

「美羽。……大丈夫か?」

その姿があまりにも絵になりすぎて、美羽は一瞬心臓が止まった。

「う、うう……椿くんんん~!!助けてぇぇ~~!!」

涙目になってジタバタすると、椿は視線をそらし、耳を赤くした。

「てか……なんつー格好してんだよ、それ。」

美羽は真っ赤になりながら、くねくねと身をよじる。

「こ、これは秋人くんが!!私、こんなっ……!」

舌打ちが一つ。

「……チッ。あのバカ秋人。」

次の瞬間、美羽はふわっと宙に浮いた。

「ひゃっ!?ちょ、ちょっと椿くん!!?」

「うるせぇ。暴れんな。」

美羽を肩に担ぎ上げると、椿はそのまま生徒会室へ一直線に歩いていく。
リボンでグルグル巻きにされたままの美羽は、
(これ……恥ずかしすぎて死ぬ……!!)と震えた。


***


生徒会室に着くなり、椿は美羽をソファにボンッと落とす。

「きゃっ!」

倒れ込んだ美羽の上に影が差す。
椿が、美羽の顔の横に手をついて覆いかぶさってきた。

心臓が跳ねる。

「ちょ、ちょっと椿くん!? これ、ほどいてくれないの!?」

椿はゆっくりとネクタイを緩め、喉仏が上下する。

「……なるほどな。秋人、悪くねぇ趣味してんじゃん。」

「は、はぁ!?なにそれ!?ど、どこ見て言ってるの!?」

椿の目つきが、普段よりずっと熱い。
からかうように細められた目が、リボン越しの美羽を舐めるように見つめる。

「へぇ……縛られてる美羽、案外悪くねぇな。」

「ちょっ……なんでそんな色気全開なの椿くん!?
ここ学校!生徒会室!お願い、正気に戻ってぇぇ!!」

「黙れ。」

(ひぃぃ!!黙れって言いながら顔がすごい近い!!)

美羽は必死にじたばたした。

「あ、あのね椿くん!!これは誤解で!秋人くんが勝手に!!
だめ!だめだってば!!ちょとぉ!!だめだってえええーっ!!!」

その瞬間。

世界が、パチンと切り替わった。



***

「うわっ!!なんだよ美羽、びっくりすんだろ!」

近すぎる距離で、椿が覗き込んでいた。
美羽は自分の状況を確認する。

――リボンなし。
――椿の上にまたがられていない。
――生徒会室でも空き教室でもない。

ここは昼休みの中庭。
ベンチで椿の膝を枕にして寝ていたらしい。

「へ……?あれ……?夢……?」

椿は眉をひそめてため息をついた。